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【小説】 半径何メールかの人生。


 ミウの彼氏、中草コウシは受験に失敗し、浪人することになった。
 滑り止めの大学には行きたいないという本人の強い意志があったらしい。
「でも、本人が自分の意思で決めたことなんだったら、ミウがそんなに気にすることないんじゃない?」
 ヒロナは肩を落とすミウを、励まそうと必死だった。
 人前では気丈に振る舞おうとするミウだが、今回の一件は、相当ショックを受けたらしい。久々のバンドリハーサルが終わっても、黙然と首を垂れている。
 ミウの背負うベースがやけに大きく見えた。
“放っておいてよ。ヒロナには分からない”
 黙っていても、ミウの心の声が聞こえてくる。
 ヒロナは、恋愛の「れ」の字も知らない人生だっただけに、こうしたシチュエーションでの振る舞い方が分からなかった。
「ミウがバンドをするって決めたように、中草くんだって浪人するって決めたワケなんだからさ!」
 思いつくままに言葉がポンポンと飛び出してくる。
 吟味することもなく、無責任に。ミウに元気になってもらいたい一心で。
「それに、浪人って悪いことじゃなくない? 結構、周りにも多い気がするんだけど。まあ、うちの学校的にはそんなに多くないかもしれないけどさ。一般的には、普通だと思うよ」
 何が一般的で普通かなんて分からない。
「私にいたっては、大学に行かないし、そもそも受験すること自体が・・・」

「最初から大学に行かないと決めた人には分からないんだよ」
 目を合わさずに、ミウはピシャリと会話を遮った。
「大学に行きたくて頑張ったけど、行けなかった人の気持ちは」
 どんな感情がミウを突き動かしているのかは分からないが、その言葉は驚くほど体温が低く、ヒロナは一瞬たじろいだ。
「あ、ごめん・・・」
 ミウは慌てて謝った。
 なんとかして自分をコントロールしようとしている。
「彼は笑ってるかしれないけど、心の中では泣いてると思う。あれだけ頑張ってきたんだから。努力が身を結ばなかった現実は、かなりキツいと思う。でも、今、私が側にいても、彼には嫌味に捉えられてしまうかもしれないでしょ。だから、何していいか分からなくて、それがツラいの」
 ミウは優しい。
 優しすぎる。
 もっと自分を褒めて上げればいいのに。
 あなただって、受験を無事に終えた一人なんだよ?
 瞬時に飛び出したミウの言葉に、少しだけ傷ついたが、それよりも胸の奥がジワジワと熱くなるのをヒロナは感じていた。

「なーんだ。ミウの思い込みで、落ち込んでたのか」
「思い込み?」
「うん。だって、悲しいとか、嫌味に思うかどうかも、全て中草くんの感情じゃん。そんなの、いくら付き合ってるミウだって分かりっこないでしょ」
「・・・・・・」
「相手がどう思うかなんて、自分に想像できることじゃないし、コントロールできるもんでもないんだから。大切なのは、今、ミウが中草くんに何をしてあげたいと思ってるかじゃないの?」
 私には、気持ちをぶつけられるんだから。
 もっと、素直になればいいんだよ。 
「・・・なるほど」
「ミウは、何がしたいの?」
「・・・側にいたい。何も声はかけてあげられないかもしれないけど、悲しみを一人で抱えて欲しくないから。一緒にいるだけでも、何かのハケ口になるなら、それでいい」
「分かってるんじゃん! だったら、行きなよ! 自分の気持ちに正直になってさ」
「・・・ありがとう」
 ミウはコクリと頷き、脇目も振らず、走り出した。
 背負うベースが「そんなに振動を与えないで」と叫んでいるのが分かるが、今のミウには、そんな声が聞こえるはずない。
 クールなんだか、乙女なんだか、よく分からない。
 でも、生きるってこういうことなのかもしれない。
 じっとミウの背中を追うヒロナの眼は、微かに揺れていた。

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