【小説】 決めたから、悩む
現実を見るのは、おっかない。
見なくて済むなら、眼を逸らしていた方がいい。
本を読んだり、映画や音楽に触れている方が楽ちんだ。
ヒロナはレコーディングが終わってから、ずっと考えていた。
時々、気分転換の意味も込めてアキに連絡をとっていたが、「今日も新曲を作ってるよ」という返事に、「年末なんだから休んでね」とは言えなかった。
本気で何かにのめり込んでいる人に、ヘタなフォローは必要ないと思うから。
だから、連絡の頻度が減って減り、ヒロナは孤独を味わっていた。
アキは幼少期から音楽漬けの日々を送ってきたことで誕生した、本物の天才だ。父を亡くしたことで吃音を患ってしまったが、音楽に触れている時だけは、解放されたように天賦の才を発揮する。不純物が一切含まれていないような透明な歌声と、深みある音楽性に人々は圧倒されるのだ。
高校生活を共にした事で、ヒロナはアキの異常性に気がついた。
アキは生活の全てを音楽に捧げている。
そのためなら、他の一才を断ち切ることができてしまう。
人間関係も、大学受験も。
ある意味分かりやすいが、そんなこと、普通の人は出来ない。
出会った当初はシンプルに面白いと思っていたことが、時間の経過とともに現実味を帯びてしまう。
そして才能という言葉を、狂気、異常性という言葉に変換するようになった。
ヒロナは心の拠り所を探していた。
大学受験をしないと決めた今、自分の手の中には何が残っているのか。
一番近くに天才がいるからこそ、自分の才能について冷静に考える。
どうしても現実的に考えてしまうのだ。
そのことがヒロナの頭の中の大半を占めるようになっていた。
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