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【小説】 リオンのピアノ


 森口リオンは、鍵盤に指を置いてから、静寂を作った。
 ステージ上にはピアノと、青年が一人だけ。いつまで経っても、曲は始まらなかった。集中力の切れた客席に、ドキッとするような緊張が走る。騒ついた空気は静まり返り、シンと冷気が漂った気がした。
 思わず見てるこちらの目が泳いでしまう。
 一体、この空白の時間はなんだろうか。
 「ねえ、ミウ・・・」とヒロナが口を開こうとした次の瞬間、左手の強いタッチから曲が始まった。ガンと頭を叩かれたみたいな衝撃だった。
 驚いている間もなく、右手が目にも止まらぬ速さで鍵盤を駆け抜けた。飴玉みたいなカラフルな音の粒が頭上から降ってくる。

 なにこれ・・・。

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。
 ピアノに覆いかぶさるみたいに上体をかがめ、リオンは激しくピアノを叩いた。特に左手は、金槌を振り下ろすみたいに、ガンガンと叩いている。それでいて、右手はなめらかで、踊っているみたいに長い指が鍵盤を跳ねていた。
 会場がリオンのピアノの音で、ウワっと広がる。まさか、あの静寂から、こんな華やかな演奏が飛び出すなんて、誰も予想していなかっただろう。

すごい・・・。

 その言葉は自分の口から溢れたものなのか、分からなくなってしまった。もしかしたらミウのものかもしれないし、アキちゃんかもしれない。だって、誰もが口の中でつぶやいていたことだったんだから! それくらい、森口リオンのピアノには力があった。
 3分も経っていない気がする。
 あっという間に、リオンの演奏は終わってしまった。
 最後の低音が会場に響き、彼がそっと鍵盤から手を離すと、客席からは万雷の拍手が巻き起こった。海外みたいに、立って拍手をする人まで現れた。それほど、彼の演奏は素晴らしかったのだ。

 チラッと客席を見て、小さくお辞儀をすると、リオンは再び鍵盤に向き直った。あれだけ情熱的なピアノを弾いていたのに、今の彼は静かな背中をしている。もう客席がざわつくことはない。先ほどまでとは違う空気が会場を包んだ。みんなが集中して、彼の演奏を聞こうと身を乗り出しているのが分かる。
 すると、今度は静寂を待たずに、彼はポーンと音を鳴らし始めた。

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