初ライブ(ミウ)

【緒方ミウ】

 「え!? 一曲だけ!?」
 ダンスショーが始まり、舞台裏で準備をしていると、実行委員から「全体時間が押してるからライブは一曲だけにして欲しい」と言われた。卒業する3年生はニ曲歌えるが、若い学年を一曲にして時間を調整したいらしい。
 あまりの理不尽さに腹が立ったが、ここで喧嘩をしても何も始まらない。
 私たちに必要なことは、この現状で本来やるべきだった曲のどちらをやるかの選択だった。

 「納得いきません! いっぱい練習してきたんです! やらせてください! 3年生だけって、あまりにも理不尽です!」
 ヒロナが黙っているはずがなかった。この日のために奔走してきたのは彼女だ。申請、演出、曲決めなど。練習以外のところでも常にバンドのことを考えて行動してきたヒロナにとって「卒業を控える3年生」を忖度する意味が分からなかった。

 「本当にごめんなさいね。あなたたち1年生よね? ウチには“音楽の日”っていう音楽祭が冬にあるんだけど、その時にも有志の音楽披露の場があるの。私から掛け合って時間をちゃんと割いてもらうから、今日のところは勘弁してくれないかな?」
 「ダメです! 今日演奏するから意味があるんです!」
 初めてアキの演奏を聴いた時のことが頭に浮かぶ。
 あの日もヒロナは同じこと言っていた。「ギターを担いだ彼女を尾行しよう!」と一人盛り上がり、乗り気ではない私に「入学式という今日だからこそ尾行したいんだよ!」と説いたのだ。
 ヒロナがこうなってしまっては、もう、私には止めることができない。彼女は思考を停止させ、石像のように動かなくなってしまう。

 「ヒ、ヒロナちゃん、困らせたらダメだよ・・・ど、ど、どんどん時間が無くなっちゃって、ほ、他の人たちにも迷惑がかかっちゃう・・・ふ、ふ、冬にもライブができるって聞いて、バ、バ、バンドを続けていける未来があることが、う、う、嬉しい!」
 アキの言葉に、ヒロナは揺らいだ。「今日だからこそ」という強い信念を持つヒロナの中に「未来」という希望がチラチラと顔を見せているみたいだった。
 そして、不服そうな顔を解くことはなかったが、「わかった・・・」と状況を受け入れた。

 「アキちゃん、どっちの曲をやりたい?」
 そうと決まってからのヒロナの行動は早い。 
 照明チームにも変更のことを伝えなければいけないこともあり、即断即決、時間との戦いが始まった。
 最重要課題は、演奏する予定だった二曲のうち、どちらをチョイスするか。
 アキの魅力を引き出すには、クオリティも含めて、二曲目だ。
 だが、アキは迷うことなく一曲目のみんなで盛り上がることができる方をチョイスした。
 私たちは顔を見合わせて、頷いた。


               ◯


 「さあ、ここからは音楽LIVEのコーナーです! 今回出場するのは4組! 軽音楽部がない明月高校ですが・・・」
 司会が趣旨の説明、進行を始めた。
 客席は先ほどまでのダンスショーを楽しんだ若い女子が多くを占め、「可愛かったね」「すごかったね」という声が上がり、誰も司会に耳を傾けていない。
 トップバッターである私たちは、小さなエンジンを組んだ。
 
 「直前にバタバタしてごめん」
 せっかくの晴れ舞台だというのに、実行委員の先輩に噛み付いてしまったことが申し訳なかった。少しでも士気の下がる行動をしてしまった自分が情けない。
 「そ、そ、そんなことないよ!・・・ヒロナちゃんは、わ、わ、私たちの心の声を代弁してくれただけ! 目一杯楽しもうよ!」
 力強くフォローをし、励ましてくれるアキちゃんに対して、ミウは悪い顔をしていた。
 「ヒロナも大人になったんだねえ・・・ふふふ」
 「何それ! てか、ミウ、キャラ変がすごいから! 全然クールでもなんでもないし!」
 「クールなロックンローラーなんて嫌でしょ?」
 「それはイヤ!」
 「ねえ、あ、あ、あたしたち、ロ、ロ、ロ、ロックンローラーだったの?」
 「アキちゃん、そんな肩書きなんて、捨てちゃいな!」
 「アキ、私たちは、楽しく演奏するだけなんだから」
 「えええええ・・・・!」

 司会から「HIORN A’S BAND」と呼ばれ、ステージに上がった。
 照明が暗くなると、客席が少しだけ緊張感に包まれる。照明の心理というものはすごいものだ。トップバッターであることはもちろん、「一年生だけのスリーピースガールズバンド」というキャッチーな言葉にも後押しを受け、観客の背中が前に傾いている空気を感じる。
 体育館という熱気が充満している密な空間のはずなのに、前に立つ二人の背中をドラム越しに見ていると、涼しい風が吹いてきた。
 風が二人のスカートを揺らすと、アキちゃんが静かに挨拶を始めた。

 「は、は、は、初めまして・・・・HIRON A’S BAND です・・・わ、わ、私は・・・この二人と音楽を作ることができて・・・ほ、ほ、ほ、本当に嬉しいです」
 事前にマイクの音量を上げてもらっていたことが功を奏した。
 体育館中にアキちゃんの控えめな声がこだまし、彼女の話に観客が釘付けになったのだ。
 先ほどまでのガヤガヤはピタリと止み、アキちゃんの透き通った声が客席にも涼やかな風を吹かせている。
 ミウは一瞬だけ後ろを振り返り、私にウィンクを送った。

 「オ、オ、オ、オリジナルの曲です・・・き、き、聞いてください・・・」
 ドラムスティックでカウントをとると、大音量で曲が始まる。曲と同時にカラフルな照明がステージを輝かせた。
 アキちゃんのしなやかで力強い歌声が会場を包んだ瞬間に「ああ、このステージはアキちゃんには狭すぎる」と直感した。
 先ほどまでの静かなアキちゃんはそこにはいない。歌という力を手にしたアキちゃんの爆発力に客席が腰を抜かしたように固まっているのが目に入った。
 曲が始まって何秒経ったのだろうか、前方で座っていた女の子たちが一斉に立ち上がると、続くように会場中が立ち上がり、聞いたこともないオリジナルソングに熱狂した。
 アキちゃんには髪を上げさせ、メイクもしっかり施し、歌だけでなく容姿のポテンシャルも全開に発揮させた。
 大きな笑顔で歌う彼女の姿に心打たれない人の方が少ないだろう。
 ただでさえ圧倒的なパフォーマンスなのに、ルックスの力も加わったアキちゃんは無敵だ。
 それだけでなく、彼女は光を吸収し、熱狂を飲み込み、さらに力が増していった。
 アキちゃんは頻繁に私たちの方をチラチラと向き、目を合わせる。
 自分たちが演奏しているはずなのに、客席から歌が聞こえるような気がした。
 ステージに立っている私たちを音楽が包み、世界の中心地に立っているような錯覚に陥った。

 前に立つ二人の肩が大きく上下に揺れているのを見て、曲が終わったことを実感した。身体中が汗で濡れている。
 客席からは大きな拍手と歓声が上がり、カメラのフラッシュも見えたが、私たちはそそくさと舞台袖に引っ込んだ。

 「最っっっっっっっっっ高!!!!」
 濡れた身体をギュッと抱きしめ合った。
 身体だけでなく、目からも汗が溢れていたと思う。
 皆、興奮し、誰が何を喋っているのかが分からないほどで、舞台裏には照明チーム、ミウのクラスの人たちが駆け込み、大騒ぎになっていた。
 ゆっくり三人で労い合うのは少し先になるだろう。
 客席からは「アンコール」の声がいつまでも鳴り止まなかった・・・。


2時間33分・3000字

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