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視線(ヒロナ)

【茂木ヒロナ】

 「ヒロナ、なんか変わったよね」
 誰かが言っている。

 「緒方さんって、中草と付き合ってから調子乗ってない?」
 男も女も関係なく。

 「谷山アキって可愛いけど、ドモリじゃん」
 明確な悪意を感じた。

 「秋だねえ」と言っている間に、冬将軍到来。
 文化祭での活躍を見込んでくれた先輩が、ライブをしないかと誘ってくれた。日程はクリスマスの夜。場所は駅前の小さなライブハウス。持ち時間15分。約3曲披露できる。出演バンドは8組。対バンというやつだ。
 私とミウは燃え尽き症候群から抜け出し、今まで以上にバンドに熱中した。とはいえ、文化祭直前のような追い込み方ではない。音楽がある生活、ドラムスティックを握ること、足でリズムを取ることが習慣化されたのだ。
 ミウは中草コウシという学年でも人気者の恋人ができたが、恋にうつつを抜かすようなタマではなく、恋もバンドも手を抜かない意地を見せていた。それでも、中草が差し入れを持って練習を覗きに来ると、照れた女の顔をしていた。
 アキちゃんはこれまで通り、注目されようが、「谷山アキファンクラブ」ができようが、地道に曲を作り続け、歌い続けた。文化祭直後は「ファンクラブ」と称して盗撮をするような気色悪い輩が現れたが、そこで力を発揮したのが中草コウシの存在だった。
 “人気者の彼女がいるバンド”というのは、カーストの上位に位置付ける印象を与えるらしい。それだけで抑止力が働き、規律が生まれた。さらに、中草がファンクラブメンバーと直接話をしたことが決定打となり、アキちゃんも今まで通り過ごすことができた。完璧な彼氏を持ったミウが羨ましかったが、私たちは恋愛の話はあまりしなかった。

 「一緒に勉強しよーよ!」
 「ちょ、ちょ、ちょっと、ヒ、ヒ、ヒロナちゃん!」
 期末テストを控えた12月。私とアキちゃんは図書室で勉強しているミウと中草の間に割って入った。嫉妬や嫌がらせをしたいワケではなく、ミウと私はいつもこうしてテストを乗り越えてきたのだ。

 「ちょっ! 静かに!」
 ミウは静かな図書室で大きな声をだすことに怒った。
 あははと笑いながら、ミウの隣に座ると、ミウ越しに見える中草は微笑んでいた。ミウと中草は目を合わせて、アメリカ映画のように「ほらね」と肩を上げた。きっと「そろそろヒロナがやってくるよ」とでも話してたのだろう。
 私たち4人は黙々と勉強をした。
 勉強は嫌いだった。それでも必死で成績を維持し続けたのは、“バンドやってるから成績が悪い”と言われることの方が大嫌いだったからだ。
 面白いことに一番集中力があったのは、私だった。スイッチが入ったら、永遠に問題を解くことができたのだ。みんなの声が聞こえなくなり、頭がフル回転しているのが分かる。

 「ね、ねえ、る、√ って記号は、ル、ルートさんが作ったのかな? な、なんで、こ、こ、こんな形にしたんだろうね。も、も、もっと音符みたいに、可愛かったよかったのにね」
 意外にもアキちゃんが散漫で、いつの間にかミウの隣の席を陣取り、頻繁に質問していた。それも質問が独特で、本来の質問からどんどん疑問の幅は広がっていってしまう。ミウが「アキ、集中」となだめると、アキちゃんはしゅんとするのが可愛かった。
 息抜きにシャーペンの先でコツコツと机でリズムを刻むと、ミウが小さな声でベース音を口ずさんだ。アキちゃんは、お花畑に飛び込んだような顔をして、透き通った鼻歌を歌いだし、音楽が生まれた。中草は頭を振って古いダンスのようなノリを見せ、4人目のメンバーのようになっていた。

 無事にテストを終え、成績もまずまず。バンドの練習にも熱が入り、クリスマスも迫ってくると、クラスから「ヒロナって変わったよね」という声が聞こえてきた。悪意が混じり、明らかに私に聞こえるように言っているのが分かる。
 波風を立たせる言動はしてきたが、そのどれもが先生や親がため息を漏らすようなことで、同級生から悪意を向けられることがなかったため、驚いた。

 原因を考えたが分からなかった。
 確かに、友達と話していても音楽の話題をすることが増えていた。とはいえ、それだけで「変わった」というのはあまりにも乱暴だろう。自分の好きな話をしているだけだし、興味がないとわかればすぐに違う話題に切り替えていた。
 この現象はミウにもアキちゃんにも起こっていたらしい。
 私たちはそれぞれクラスがバラバラのため、もしかしたら、本当に何か変わったのかもしれない。
 しかし、これといった対応策もなく違和感を感じていたが、目の前にはライブが迫り、クヨクヨ悩んでいる暇はなかった。

 初の対バンライブは文化祭以上に楽しむことができた。
 想像通り、小さなライブハウスにアキちゃんのパフォーマンスは収まりきらなかったけれど、私とミウの技術の着実に上がっていることを実感することができたし、誘ってくれた先輩をキッカケに他のバンドとも新たな交流が生まれた。
 文化祭の時とは違い、ライブ後はすぐに反省会をして、もっと私たちが楽しむための作戦会議をした。
 次なるライブは年が明けてから行われる最後の学校行事、音楽祭だ。文化祭の時とは違う成長した姿を見せて、クラス中の人をギャフンと言わせようと盛り上がった。

 帰りの電車内、ライブに来てくれたであろう同じ学校の生徒が隣に座った。私の存在には気付かず、友達同士でライブの感想を言い合っている。

 「HIRON A’S BAND って、いたじゃん?」
 「ああ、文化祭の子達ね!」
 「そうそう、なんか、前の方がよかったよね」
 「でも、まだまだこれからだろ?」
 「そうだけど、なんか、変わったよなあ」

 胸が締め付けらるほど痛かった。
 私たちは、本当に何かが変わってしまったのだろうか。
 変わることは、イケナイことなのだろうか。
 心臓が早まり、呼吸も浅くなるのを感じる。
 隣の席の彼らを見ることができなかった。

1時間43分 2380字

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