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【小説】 リーダーシップ

【マキコ】

 リーダー的なポジションを演じることは楽だった。人前に立ち、先導すればいいだけだから。学級委員も生徒会長も基本的には変わらない。人の意見を聞いて、人に動いてもらえるようにお願いをするだけ。もちろん集会などでは問題改善策などを考えなければいけないが、そんなことは誰にだってできる。アイデアを出す作業はそこまで苦ではなかった。
 リーダーに必要なことは勇気と決断力だと思う。人をまとめる力も必要かもしれないけど、それは誰かに頼ればなんとかなったりする。それよりも大切なことは、勇気と決断力。最終決定権を渡されるから、最後の最後には自分一人で決めなければいけなくなる。一番の敵は不安だから、自信を持てるかが“肝”なんだと思う。
 でも、これさえクリアできれば、リーダーを演じることは良いことしかない。自信がいるポジションだけど、完遂すれば大きな自信を得ることができる。変な話かもしれないけど、それが事実だったりする。だからリーダー経験がある人は、リーダーであり続けようとするんだと思う。リーダーであり続ける限り、自信がグルグルめぐっていく。

 デメリットは「恥ずかしい」ということくらいだと思う。
 当たり前のことだが、真面目に活動してたら悪口も言われないし、矢面に立っても責任を負わされることもない。だって最終判断を任されても、民主主義の名の下に、基本的には多数決で物事が決まっていくから。みんなの意見を尊重しただけだから。
 それでいて人前に立つことが多いから、クラス内や学校内でのポジション取りができる。友達や先生からも「真面目」や「正義感に溢れてる」という印象が手に入れられる。キャラクターとかアイコンとも言われるかもしれないけど、廣瀬マキコ=真面目・正義感というポジションを取ってしまえばラクになる。
 あとは、自分次第で可能性は無限大になる。挨拶を忘れずに笑顔を絶やさなければ、あっという間に「人気者」というカードは手に入れられる。人なんて、接触機会が増えれば勝手に親近感が湧くものなんだから。人の目に触れてなんぼだ。さらに勉強や運動ができるように努力をすれば、「完璧」というカードですらも手に入る。

 結局はみんな同じだと思う。
 《やればいいだけ》
 しょせん学校生活なんだから。
 簡単なゲームだと思う。
 
 どうして、みんながリーダーになることを嫌がるのかが分からなかった。
 学級委員なんて、手を挙げた人間がそのまま任命される。誰もが周りの顔を伺って「誰かやってくれよ」という空気がクラスに蔓延するんだから、恥ずかしさを我慢して立候補すればいい。それだけで、誰でも人気者になれるチャンスがもらえるのに。ことなかれ主義のおかげで、私が住みやすい世界になっていく。

 母の厳しい教えのおかげで自分を客観視できるようになっていた。だから、最低限の自信を持てているのは大きかったかもしれない。自分と他人では何が違うのかを常に意識し、自分の行動が誰にどう思われるかを意識してきた。
 初めて学級委員に立候補した時も、誰も手を挙げないことを確認してから、ゆっくりと手を挙げた。これで嫌味な意見をかわしながら、クラスの救世主にもなれた。
 何事も考える癖を持って、状況を正しく判断すれば難しい局面だって乗り越えられると思っていたし、実際、それだけで充分だった。

 でも、バンドだけは違った。
 成功法則だって見つからないし、リーダーの価値観もまるで違う。
 何をすれば人気が出るかなんて分からないし、クオリティが高いからって評価されるワケではない。歌よりもビジュアルが評価される可能性だってあるし、その逆も然り。何がどう転ぶかが本当に分からない。
 だからこそ、とてつもない魅力を感じた。母には猛反対されたけど。
 学校生活や人間関係が完璧だっとしても、私には夢がなかったから・・・。

 二学期が始まり、三年生が受験勉強に本格突入する。その日を境に、バンドリーダーのヒロナさんは、私に仕事をたくさん振るようになった。基本的に人に仕事を振るようなタイプではなかったから驚いたが、これが受験というヤツなのかもしれない。
 引き継いでみると、リーダーとしての業務が多すぎることにめまいがした。まず最初の仕事は文化祭でのバンド企画を立ち上げること。そして、実行委員に掛け合って、ライブ会場や時間の話をしなければならない。演出を考え、照明、音響機材も整える。雑務が激務だった。こんなことをヒロナさんはケロッとやっていたなんて。信じられない。私が経験してきたリーダーとはまるで違った。

 ヒロナさんには分かりやすく人を引っ張る力があった。一番に自分の実現したい「夢」があり、それに向かって多少強引でも周りの人間を引っ張っていく。バンドが組みたい。ライブがやりたい。だから、動く。そんなタイプの人。
 彼女の頑張りに感化されるように、メンバーも彼女を支えるようなカタチで前に進んでいく。結果的に彼女を中心に周りの人間が巻き込まれていく。渦を作ることができるリーダーだった。

 これまでの人生が全く通用しなかった。人付き合いが上手いだけでは、前にゴリゴリと進むことはできない。やはり「夢の実現」のような大きなガソリンが必要になるのかもしれない。

 「私の夢、私の夢・・・。夢の実現。ガソリン。モチベーション・・・。私がバンドをやる理由・・・。うーん・・・」

 使ったことのない筋肉を動かすことに、すっかり疲れてしまった。
 でも、脳内は正解がない難問と向き合うことでいっぱいになっている。
 空が茜色に染まっているが、もう夕方の時刻はすっかり過ぎていた。定期試験も迫り、やることは山積みされている。ぼんやり考え事をしている帰り道だけが、唯一許された自由時間だった。

 「アキさんに勝ちたい・・・のは、個人的すぎるよなあ・・・。うーん」

 リーダーって大変だ。

 2350字 二時間三分

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