【小説】 宇宙の法則
新曲の初リハーサル。
スタジオには、キーボードが置かれている。
今までのバンドになかった新たな試み。
和気藹々と喋る空気の中に、小骨が喉に刺さっているような緊張感があった。
ミウがキーボードの前に座り、アキちゃんは太い弦が4本しかないベースを構えている。それぞれの立ち位置は変わっていないのに、居心地が悪い。
「じゃあ、合わせる感じで!」
ドラムスティックでカウントを取ると、アキちゃんの歌が始まる。追いかけるようにピアノの和音がリズムを刻むように跳ねる。その後、ギター、ドラムも鬼ごっこをしてるように追いかけ、最後にマキコちゃんのコーラスが入った。
鳥肌がたった。
身体だけでなく、脳内までもブルブルと痺れるような感覚が走る。
演奏のクオリティはまだまだなのに、沸騰直前のヤカンみたいに音楽がエネルギーの噴火を待っているのが分かった。
自分たちの立ち位置が変わる予感がした。
「すごいよ、二人とも!」「ほんとに! びっくりしました!!!」と、楽器のコンバートがない私とマキコちゃんが黄色い歓声をあげる。ミウとアキちゃんは明らかに疲れた表情を浮かべ、揃って大きな息を吐いた。しかし、二人の顔には安堵の色も見える。
「ねえ、もう一回やろうよ! 歌は軽くでいいから!」
鉄は熱いうちになんとやら。
私はすかさず声を上げた。
ミウが険しい顔をしたが、「あと数回やれば、絶対に掴めるから!」と根拠のない自信を見せると、渋々納得してくれた。
再び、ドラムスティックを鳴らす。
ピアノの音色が軽い。曲に弾みがつく。アキちゃんのベースには安定感が生まれ、曲に輪郭が現れ出した。全員の緊張がほぐれていくのが分かった。
「もう一回! お願い!」
暑い。熱い。アツい。
首筋が光り、髪の毛は額に張り付いている。
それでも演奏を通じて対話をする。「ここが違う」「もっとこっちだ」と、チューナーのない調整をしていく。自分たちの感覚だけを合わせていくように。
「もう一回だけ! もう一回だけ!」
そういって、この日は何度演奏したのか分からない。
文化祭直前のリハーサルを思い出した。タオルで汗を拭いていると、「着替え持ってくればよかった・・・」マキコちゃんが呟く。ごめんねと私は平謝り。
「はあ、一番最初の文化祭ライブを思い出したわ・・・」
ミウの一言に、私とアキちゃんが反応する。
自転車が乗れなかった頃には戻れないのと同じで、たった数年前だけど失われてしまった感覚だった。
しかし、この日のリハーサルスタジオには、タイムスリップしたみたいに、あの頃と同じ時間が流れた。「あの頃のヒロナはピリついてたよねぇ」「それはミウがさ・・・!」「み、み、みんな必死だったんだよ」と昔話に華が咲く。
「そういうの、いいなぁ・・・」
唯一、後からバンドに加入したマキコちゃんは、不満そうに頬を膨らませた。
「マキコちゃん! 今、一緒に経験したじゃん! 類は友を呼ぶだからっ!」
「・・・使い方、間違ってません?」と、マキコちゃんはプッと吹き出し、膨らんだ頬をしぼませた。
合ってるよ。
マキコちゃん。
類は友を呼ぶ。
それが宇宙の法則。
だから、私たちは一緒にバンドをしてるんだよ。
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