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【小説】 実感のない、告白。


 プロポーズされた。でも、あまり実感がなかった。
 メールをもらってから数日後、同じ言葉を直接聞いた。それでも、やっぱり実感は湧いてこなかった。私は、二つ返事で「はい」と答えていた。ほとんど反射だった。リオンくんの顔には、安堵が浮かんでいた。
 お互いに忙しくなり、会う時間は減っていたのにも関わらず、突然の告白。それも重大な決断を、私たちはいとも簡単に決めてしまった。とはいえすぐに婚姻届を出すとか、そんな具体的に話が進んだワケではない。たぶん「婚約」というやつだ。ここからまた時間はかかるのだと思う。それにしても、私の中で結婚するという実感は希薄だった。
 確かにドキドキはした。軽いパニック状態だった。それでも咄嗟に出てきた了承の返事については、なんの疑問もなかった。まだ若い。これから無限の可能性がある。それなのに、決断するには早すぎるかもしれないとも思った。でも、それでいいんだと思う。だって、今が大事なワケだから。私は、そうやって生きてきた。

 決め手はなんだったのだろうかと、お風呂に浸かりながら考えた。
 たまの健康ランドの大浴場は、考え事をするにはもってこいの空間だ。周りに若者の姿は少なく、重力に任せた熟れた肉体が闊歩してる。未来について考えるにはピッタリなのかもしれない。
 正直、リオンくんに対する気持ちは冷めていた。冷めるというよりも、考える時間が少なくなっていた。アキちゃんの声やパフォーマンスのことや、自分の作曲活動のおかげで、考えている暇がなかったという方が正しいかもしれない。リオンくんからの連絡も減っていたから、彼も同じような気持ちなんだと思ってた。だから、このままフェードアウトしてしまう可能性も視野に入れていた。それなのに、久々に会った時、私たちの間に空白は存在しなかった。まるで昨日まで一緒に旅行でもしてたかのように、緊張感や違和感なく話すことができたのだ。それが一番の決め手だったのかもしれない。

 全身の毛穴が開いている。頭がぼーっとする。時計をみると、15分以上お湯に浸かっていた。一度、身体を冷まさないと。私は露天風呂の脇にあった椅子に腰掛けた。タオルを身体の上に広げ、ゆっくりと目を閉じると、心地よい風が頬を撫でた。

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