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【小説】 運命の恐ろしさ。


 その日の朝は、やけに静かだった。いつも聞こえてくるはずの子どもたちの声が聞こえてこない。家の前を走る車の音さえも聞こえず、静かすぎて寂しいくらいだった。朝の冷え込みが、さらに寂しさを誇張させたんだと思う。
 朝にクラシックを流すのがルーティンになっていたのに、私はたまたまテレビをつけていた。消音にしていても、画面が明るくなるだけで部屋を彩ってくれる。五分ほど画面を眺めていたが、改めてテレビとは変なハコだと思った。事故のニュースが流れる。コメンテーターが物悲しそうな顔をしてるかと思えば、次の瞬間には美味しい朝スイーツ特集が始まった。情報番組とはよく言ったもので、あらゆるものから体温がなくなり、まさに情報化されている。

 私は日記を書いていた。時折、ココアをすすりながら昨日の出来事や、今の自分の気持ちを整理していく。チラチラとテレビ画面が切り替わる気配を感じるだけで、朝の寂しさは霞んでいった。
 目の端に赤いテロップが見えた。また事件でも報道しているのだろう。視聴者の感情に訴えかけるニュースを扱うから、目まぐるしい。私は無理矢理にでも視界からテレビの枠を外そうとした。朝から痛ましいニュースとか見たくないもんね。ココアを口に含み、腹に甘ったるい糖分を入れる。見ないように意識するだけでも、体力、集中力が奪われていく。
 やっぱり、消そう。
 そう思って、テレビを見た。私は手に持ったココアを落としてしまった。膝に熱いココアがかかる。痛かった。でも、身体はビックリしているはずなのに、私は視線をテレビから外すことができなかった。

 世界から音が消えた。聞こえてくるのは、ボタボタと衣服から雫が落ちる音だけ。口パクのアナウンサー、ライブ映像、写真、口パクのコメンテーター。画面は何度も切り替わっていくのに、大きく書かれたテロップは消えない。

 人気ガールズバンド、HIRON A’S・谷山アキ、死去。

 アキちゃんがテレビに映ってた。笑ってる顔、歌ってる顔。あ、私たちの顔も映った。なんでだろう。よくわからなかった。自宅のクローゼットで首を吊り、ぐったりしてるところを母親に発見された、だって。え、誰の話? アキちゃん? アキちゃんって、あの、アキちゃん? 高校時代からの友達の? 歌とギターがとっても上手な? あのアキちゃん?

 私は動く能力を失っていた。立ちすくんでいた。
 取り返しのつかない暗い光が、私の未来を貫いた。

 その時、私は私を捨てることができなかった。
 がたがたと身体は震えているのに、頭の中ではリオンくんとのことが浮かんでくる。アキちゃんとリオンくんの淡い恋。私とリオンくんの信頼関係。もし私たちのことが原因だったら、私は軽蔑されるかもしれない。

 私は少しも泣くことができなかった。
 ただ、恐ろしかった。忽然とテレビの中に現れた友達によって暗示された運命の恐ろしさを深く感じたのだ。

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