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【小説】 恋の匂い


 アキちゃんはリオンくんに恋してる。
 それが分かったのは、彼が発表会のお礼にとセッティングしてくれた3人でのランチでのこと。私とアキちゃんと、リオンくんとのランチ会。
 どんな会話が生まれるのかと思いきや、彼にピアノ指導のお願いをしたことが、会話に弾みをつけてくれた。

「実は音楽祭の時から、『HIRON A‘S』が気になってたん・・・です」

 と、はにかむリオンくん。
 語尾がどんどん小さくのは、クセなのかしら。
 それとも、単に照れてるだけ?

「だから、こうして知り合いになれて、ピアノ指導っていうカタチで関わることができて、嬉しかった・・・」

 静かにコーヒーを啜る彼の所作は、やけに大人っぽかった。音も立てず、チビチビと本気で苦味を味わってるみたいな飲み方。甘ったるいココアをグビグビ飲む私とは、まるで違う。
 そして、男の子なのに外国人の子どもみたいに白い肌。細い腕、細い指先。とてもエネルギッシュなピアノを弾く人には見えない。しかも、美しいと形容できる彼の容姿は、ピアニストというよりもモデルとか俳優っぽい気がする。
 まただ。彼の一挙手一投足が気になってしまい、話がまるで入ってこない。

「こ、こちらこそ音楽祭でリオンくんのピアノに出会って、発表会に行けて、う、嬉しかったよ。ピアノの指導も助かったし、ね、ヒロナちゃん?」

 アキちゃんが懸命に話してる。そうか、彼は年下なんだ。男の子にタメ口を話してる姿が新鮮に映る。しかも、いつもよりも、言葉に詰まらずに喋っている気がする。あの、アキちゃんが、お姉さんになった。

「あ、うん。ほんとに。感謝の気持ちでいっぱいよ!」

 急なパスをもらったけど、すぐにボールをどこかに放り投げる。
 だから、ほんの少し、間が生まれてしまった。恥ずかしい時間だった。

 「バンドの新曲、あれ、すごく、いい。誰が考えた・・・んですか?」

 切り出してくれたのは、リオンくんだった。
 無理矢理、敬語を使ってるような話し方。
 だから、なんかチグハグしてる。気にせず話せばいいのに。

「あ、あれは、ヒ、ヒロナちゃんが作ったの。す、すごくいいよね!」

 くしゃっと笑うアキちゃんの顔が眩しい。それだけで救われる。私は「いやいや」と手を振り、かぶりを振った。するとリオンくんが、「どうしてピアノを使おうと思った・・んですか?」と聞いてきたから、「なんとなく」と、はぐらかす。ライブ中に、あなたのピアノの音色が聞こえてきたから、なんて言えないよ。
 また私の返事で会話に間が生まれる。なんでこうなるかな。いつもだったらマシンガントークしてるのに。調子が狂う。

「わ、私、ライブ中にピアノの音色が聞こえたの」

 今度はアキちゃんが、沈黙を破った。
 しかも、私が飲み込んだ言葉を口にした。
 リオンくんは、眉をひょいと上に上げて、興味深そうに聞いている。
 記憶を辿るように懸命に言葉を探すアキちゃんには、下心のカケラもない。「リオンくんのピアノかどうかは分からないんだけど」と素直に、正直に話すたびに、胸がシクシクした。ああ、この子は、リオンくんが好きなんだ。

 好きとか嫌いって自然に分かるもの。
 しかも、匂いみたいに相手に伝わる。
 好きな匂い、嫌いな匂い。
 私の匂いは伝わってる?

 

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