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【小説】 んんん!


 マキコちゃんは颯爽とスタジオを後にした。その後、居残ってダベるなんてことはしない。余韻のカケラもなく、スパッと帰る姿には不思議な貫禄があった。スタジオ内にいる誰もが、彼女が高校生だということを忘れていたと思う。
 
「彼女のあだ名が“女優”だってことが、ようやく分かってきたよ」
 マネージャーの阿南さんが感嘆したように言った。周りのスタッフも、うんうんと深く頷く。
「ほんと、プロって感じですよね」
 誇らしげに答える私。スタジオには爽やかな風が吹いていた。
「ずいぶん力が抜けるようになってきたし、リラックスして歌ってたと思うよ」
 阿南さんは、我が子の成長を見守るような、優しい声を上げた。

 小休憩が入り、スタジオの外に出て、太陽に向かって伸びをする。思わず「んんん!」と声がもれてしまい、通り過ぎる人に冷ややかな視線を送られたが、かまやしない。肺いっぱいに酸素が流れ込み、血液がサラサラ流れていくのが分かった。水色の空には、羊の群れのような雲がのんびり泳いでいた。
 首をぐるりと回し、軽いストレッチをしていると、「す、すごく練習してきたんだろうね」と背中から声がした。

「そんな姿は一切見せないけどね」
 私は、ストレッチを続けたまま言う。
 アキちゃんは嬉しそうに横に並んで、動きを真似した。

「カッコよかったなぁ」
 するりと溢れるアキちゃんの言葉が、やけに胸に響いた。変な言葉を使うより、よっぱど素直だ。
 アキちゃんが不恰好ながらも私の動きについてくるのが、たまらなく愛おしい。肩まで伸びた髪がふわりと揺らぎ、ミルク色の肌が見え隠れする。すぐに前髪で顔を隠してしまうけど、アキちゃんは間違いなくアイドルフェイス。
 アキちゃんとマキコちゃんがボーカルなんて、ほんと奇跡だよ。

「大学に行かなかったってのもあると思うんだけど、みんなと距離が生まれると、客観的に人の成長を感じるよね」
「うん、ほんとにそうだね」
「見た目も変わるし、中身も変わるんだなって」
「た、た、たぶん、私たちに対しても、みんなそう思ってるんだと思う」
「私はなにか変わったのかなぁ・・・」

 アキちゃんはクスクス笑うだけで、なにも言わなかった。
 人は変わる。外見も中身も。なにもかも。変わらない人なんていない。 
 変わりたくなくても、変わってしまう。これはもう、どうしようもない。

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