【小説】 グラウンドの卒業式


 地震の影響で卒業式は簡易的に行われた。段取り、合唱、練習してきたものは全て、おじゃん。会議室で卒業証書を受け取るだけの質素な式典となった。
 学校側は中止する予定だったが、卒業生たちから猛抗議があったらしい。私もワンオブゼムだけど、そこまでの熱意はなく、流れに身を任せようと思っていた。

「残念でしたね」と、マキコちゃんからメッセージが入っていたが、返信できずにいた。「でも、卒業おめでとうございます」と続く短文に、ため息が漏れる。テレビで見る被災地の様子に、ヒロナは複雑な気分になっていた。

 会議室を出てグラウンドへ向かうと、晴れやかな顔をした卒業生がお互いに写真を撮ったり、これからの未来を讃えあったりと、別れを惜しんでいた。在校生がいないというだけで、ずいぶん学校が静かに感じる。クラスに入ることは許されず、ここが別れの場所になった。
 砂埃混じりの乾いた寒風を顔に受けながら、ヒロナはプラプラと人混みの中へ入る。そのまま帰ってもよかったんだけど、なんか気が向かなかった。すれ違う友達に「ヒロナー! バンド頑張ってねー!」なんて声をかけられるから、努めて明るく返事をした。卒業証の筒をパタパタと振った。

 どこからか、この日のために練習してきた合唱が聞こえてくる。合唱曲「大地讃頌」そして、「手紙」だ。次第に合唱は人を巻き込み、大合唱へとなっていく。雪だるまができるみみたいなエネルギーを感じた。しかし、指揮も伴奏もいないせいか、リズムはバラバラで、結局最後まで歌い切ることはできずに空中分解した。拍手が上がる。ヘンテコな卒業式。

「みんな、今ある状況を楽しみたいんだよ」
 気配なく現れたミウが、達観したような落ち着いた声で言った。
「わ、びっくりした」
「なーんか、最近、アレだよねぇ」
 私の反応はおかまいなし。ミウはニヤリと笑みを浮かべ話を続ける。
「大人になろうとしてるよね」
 その言葉に胸の奥がザワついた。鳥肌が立つみたいに、背筋が伸びる。
「え、誰の話?」
 私の言葉にミウはやっぱり答えない。うーんと唸った後に「みんな?」と一言。はぐらかされた気がした。
「受験があったりして、『次はなんだ、次はなんだ』って、みんな、身構えてたでしょ?」
 ああ、とも、うん、ともつかない、ヘンな声が出た。
「ずっと、『今』が抜け落ちてたんだよ。だから、今日くらいは『今』を満喫したいんじゃない?」
 ミウの視線の先には、筒を握っただけで、いつも変わらない笑顔を浮かべる同級生たちの姿があった。
「やる気が出ないなら選択肢は二つしかないよ。やめるか、やる気が出るようなアクションを起こすか。それ以外は、時間の無駄!」
 
 ミウが何を思って話しかけてきたのかは分からない。
 それでもヒロナの胸の奥には温かい感情が芽生えていた。
 春の風が吹いた気がした。

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