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【小説】 ヘンテコな気持ち。


 始まったら、終わる。
 こんな当たり前のことなのに、なんかヘンな感じがする。これは、寂しさに似てる感情なのか、それとも恐怖なのか。儚さとも違うし、感傷的とも違う。とにかくヘンな感じ。だって、どこかに爽快感もあるんだから。終了間近の授業とも似てる気がする。そんな、ヘンテコな、気持ち。

 私たちのバンド「HIRON A‘S」の音楽祭ライブが始まった。
 制限時間の中で披露できるのは、たったの二曲。途中のMCも含めて全部で15分。そう、15分しかない。高校に入学してから始めたバンド。アキちゃん一人を除いて、ズブの素人が集まっただけのバンドだったが、気付けばCDデビューできるくらい、恵まれた二年間だった。
 みんな、驚くくらいに練習好きで、遊びがバンドになっていた。毎日毎日、来る日も来る日も、誰も見てないところで練習、練習、練習。たったそれだけ、本当にシンプル。努力は嘘をつかないって、本当なんだと思ったよ。
 そんな私たちの学校生活最後のライブ。

 ヴォーカル二人の声が響く。アキとマキコ。愛称、アキマキ。
 正直いって、天才はアキちゃん。これはもう揺るがない。澄んだ声、表現力、全てが突き抜けている。彼女が音楽に従事するのは、大人になったら結婚するって思うのと同じくらい当たり前らしい。自他ともに認める音楽バカってやつ。
 アキちゃんの歌って、虹みたいにカラフルなんだよね。雨上がりの綺麗な空にかかるアーチ。思わず足を止めたくなってしまう。
 その天才の隣で歌うんだから、マキコちゃんが穏やかでなくなるのは、当然のこと。亀裂が入ることもあった。でも、マキコちゃんは乗り越えた。技術の向上はもちろん、持って生まれた容姿を生かし、今ではすっかりバンドの顔に。天性の華やかさと、両親の厳しい教育、そしてライバルへの闘争心が完璧な女性を作り上げた。

 ミウはすっかり職人気質に。「努力は嘘をつかない」の体現者。雨の日だって、風の日だって、恋に焦がれる時だって、彼女はベースを弾き続けた。太めの弦をベンベンと。テスト前でも、受験前でも、日課のようにベンベンと弦を弾いた。そりゃ上手くなるに決まってる。普通の人には分からないけど、ミウのベースは一級品だ。練習量が自信に繋がり、背中に貫禄もついてきた。
 私は必死にドラムを叩く。感情的になったとしても、刻んだリズムを乱さぬように。せっせせっせと太鼓を叩く。火が絶えないよう、薪を焚べる。それが私のバンドのポジション。炎をいかに演出するかは、薪の種類と量がポイント。
 だから私は見逃さない。見て守ることが私の仕事。

 四人が溶け合う不思議な世界。言葉がいらない奇妙な世界。
 全ての世界の狭間に落ちて、境界線がなくなる感じ。
 始まったら、終わってしまう世界。
 その間の穴から出たくない。
 出たくないんだ。

 私の言葉がドラムに乗った。


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