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【小説】 将来っていつのこと


 先輩たち三人が進路を決めた。
 この事実はマキコにも進路を考えるキッカケとなった。
 大学受験はどうしたって真剣に考えなければいけなくなる。授業料も跳ね上がり、家庭によっては一人暮らしを選択しなければいけない。環境が一変する。
 早く大人になりたいと思っていたが、いざ現実が迫ってくると怖気付く自分がいた。バンドに入り、事務所に所属するようになってから少しずつ大人と接する機会は増えていたが、それでも怖いものは怖い。
 これまでの人生よりも、これからの人生の方が長いという事実が毎月くる生理によって証明される。男の人に限って「今を見ろ!」とか「今さえ良ければいい!」なんてことを言うけど、女はそうはいかない。
 自分の意思とは関係なしに、身体はいつでも子どもを産める準備を始めてしまうし、節々が丸みを帯びてプニプニするようにもなる。胸もお尻も勝手に膨らんでいく。強制的に女にさせられるのだ。今だけを見てるわけにはいかない。どうしたって未来の自分を想像してしまう。
 女に生まれたのだから、いつかは結婚して子どもを産まなければいけないのだろう・・・。

 「マキコどうしたの? なんか最近元気なくない?」

 友達の言葉にハッとする。手に持った橋がピタリと止まり、また自分の思考に耽ってしまっていた。食堂に響く音が鮮明に耳に入ってくる。厨房から聞こえてくる食器同士のぶつかる音が、中でチャンバラをしてるように聞こえる。雑音がザワザワという文字になって目に飛び混んでくる。目の前を通る人々がナイフを振りかざすような視線を向けてきた。
 マキコは「ごめん。考えごとしてた」と言おうとしたが、それで納得してくれるような人はここにはいないことに気付き「文化祭終わってから、燃え尽きちゃったみたいで」と答えた。友達は「マキコは忙しそうだったもんねえ」とすぐに納得して、元の恋愛話に戻っていった。今年は文化祭から始まる恋が多かったらしい。
 実際、マキコは文化祭が終わってから燃え尽きたように現実を放棄し、自分の思考に潜り込むようになっていた。自分の中から毒が抜け落ちたような感覚になり、身体は同じなのに魂だけが入れ替わったような違和感を覚えていた。
 友達と昼食をとっていても、相手の言葉を素直に受け取ることができる。いや、受け取るというよりも流すことができるようになっていた。胸の内で毒づくことがない。心が凪いでいるといってもいいだろう。
 それはアキさんに対しても同じで、対抗心がないワケではないが、だからといって相手を否定したり、拒絶しようという気持ちはサッパリなくなった。
 何がキッカケなのかは分からないが、とにかく自分の中の何かが入れ替わったみたいで、心と身体を馴染ませているような状態が続いていた。

 相手に対して沸き起こる感情よりも、将来のことを考えてしまう。
 マキコは大きな決断をするのが苦手だった。常に自分の身の丈に合ったことしかしてこなかったから。小さな決断の連続で、自分にできることを選択してきた。だから文化祭でライブ企画を立ち上げるとか、ライブの演出に関わるなんてことに疲れてしまったのだ。
 ヒロナさんとアキさんが大学進学しないことに畏怖の念を覚えてしまう。どうして学生を放棄してまで音楽の道に進むという決断ができたのだろうか。バンドで成功するかどうかも分からないのに。その後のキャリアのことは考えていないのだろうか。18歳という若さで将来の道を決めてしまうことに不安はないのだろうか。
 もし成功したとしても、いずれは結婚し子どもも生まれるだろう。そうなった時、バンド活動はどうなるのか。すぐに復帰できる世界なのかも分からない。解散の可能性だってある。その時に、自分の手には何が残っているというだ・・・。

 お弁当箱に入ったウィンナーを口に放り込む。また元気がないと指摘されるのが嫌だったから。会話の輪に入っているように見せる。
 まだまだ恋愛トークが終わりそうな気配はない。みんな、どうしてそんなに他人の恋愛が楽しいのだろうか。「好きなる感情は人生を豊かにする」とかなんとか言ってるけど、結局、くっついたり離れたりをハタから見てるのが好きなだけで、他人のすったもんだを求めているに過ぎない。
 付き合いたては散々囃し立てたり、嫉妬の雨あられを浴びせるくせに、長く続くとサッと誰も興味を持たなくなる。不思議でならない。
 うわずったピチピチした会話をBGMに再び自分の思考に潜っていこうとしたが、ウィンナーの味が邪魔をする。
 先輩たち三人が進路を決めた。来年は自分の番だ・・・。
 思考が止まり、ただその事実だけが恋愛トークの空気の上を舞っていた。

1900字 2時間14分

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