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【小説】 ツンケン


「ピアノ、上手いね。校歌のジャズアレンジに、ドビュッシーだよね?」

 リオンの隣に立ったヒロナは、彼と眼を合わせずに口にした。彼はカメラのレンズから視線を外し、感心したように顔を向ける。
 パシャリ。

「え、ああ。ありがとう」

 声を初めて聴いた。
 やっぱり、彼は男の子だった。
 低すぎず、高すぎない。テノールってやつ。

「ピアノ、弾くの?」

 好奇心が声音に滲んでいた。
 しかし、口ぶりはどこかぶっきらぼうだ。
 上から目線と言ってもいいかもいしれない。
 いや、正直にいうと、とても偉そうだった。

「ううん、弾かない。聴く専門。普段はバンドをやってる」

 ヒロナは男の子みたいに答えた。
 不思議と彼の口調に合わせてしまう。
 ぶっきらぼうに、興味ない感じで。

「ふうん」

 数枚の写真撮影の間に話した会話はそれだけ。
 帰り際、チラと彼に視線を向けてみたが、もう、次の撮影会が始まっていた。
 ぴょこぴょこはねる女子たちが「リオンくん、リオンくん」と彼の名前を連呼している。
 写真を撮る前と後では、彼の印象がまるで変わった。
 静かに柔らかい笑顔を作りながら写真に収まる彼は、きっと偽物だ。
 そう思ったら、どんどん、彼の笑顔が嘘くさく見えてくる。

「何話してたのお?」

 ミウはデジカメをニヤニヤみながら、とぼけた声をあげた。

「別に何も話してないよ。ピアノ弾くの? って聞いてきたから、私は聴く専門で、普段はバンドやってるって言っただけ」
 
「そ、そ、そしたら?」

 珍しくアキちゃんが音楽以外に興味を示している。
 しかも、男女のことについて。

「ふうんって」

「そ、そ、それで終わり?」

「うん」

 ステージでは下級生が懸命に歌っているというのに、私たちの話題はリオンで持ちきりになっていた。ぽこぽことピアノの伴奏が響く。会場が大きい分、音が目立ってしまう。

「なんか拍子抜け」

 ため息混じりでミウが言った。
 つまらなそうな顔をしている。

「なんか、思ったより、ツンケンしてる感じだったよ」

「ツンケン?」

 ヒロナの言葉に一瞬、眼を輝かせた。
 人は、人の悪口が本当に好きな生き物だ。
 興味がない素振りをしても、眼の奥は嘘をつけない。

「偉そうっていうワケじゃないけど、心の中では、人を見下してそうというか」

「え、それ、最悪じゃん!」

 ミウは顔をしかめながらも、やっぱり眼の奥では嬉しそうな光を見せている。
 
「で、で、でも、私だって、胸の内では悪口言うこともあるからなあ・・・」

「確かに。私なんて、ずっと悪態ついてるかも!」

 アキの一言に、空気が変わった。
 「初対面だったし、緊張してたのかも」なんて話にもなり、結局、リオンは謎に包まれた天才ピアニストという、小説に出てきそうな肩書きになった。
 ステージでは、二年生の合唱が始まっていた。
 口を大きく開けて、眼を見開いて。
 声量、表現力、情熱。
 どこをとっても一年生の合唱とはレベルが段違いだ。
 きっと自分達もそうだったのだろう。
 たったの一年で、人はガラリと変化する。

 唯一、変わらないことと言えば・・・。

 ポロンと固い音がピアノから飛んできた。

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