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【小説】 不安定 (マキコ)

【マキコ】

 歌った。
 声が枯れるまで歌ってやろうと思った。
 自分のミスがバンドに迷惑をかけてしまったことが悔しい。
 Tシャツについたシミのように消えない事実が鬱陶しくて、ひたすら叫ぶことしかできなかった。
 自分が感情的になるほど観客が盛り上がる。とても文化祭とは思えないほど、会場は熱気に包まれていたような気がする。至るところから「可愛い」とか「カッコイイ」と声が飛び交うことに、心の裏側にいる自分がギャップを感じているのが分かったが、それどころではなかった。

 「改めまして、こんにちは。『HIRON  A‘S BAND』です。今日は初のワンマンライブに来てくださりありがとうございます」

 息が上がる私に代わって、アキさんがMCを始めた。
 焦りや緊張がこれほど体力を消耗するとは思わなかった。目の前が暗くなり、手足が痺れて、水を飲むことで精一杯だ。

 「あの、軽く私たちの自己紹介をさせてください。ドラム・2年生、茂木ヒロナ!」

 アキさんの紹介に応えるように、ドンガラ、ドンガラとドラムを叩くヒロナさんはどこか恥ずかしそう。「初のワンマンライブなんだから自己紹介とかやっちゃおうよ!」と自分で言っていたくせに。人の背中を押すことは好きなのに、自分が前に出るのはどうやら苦手らしい。でも、ヒロナさんは持ち前の清潔感と人懐っこさも含めて、絶対に光を浴びるべき人間だと思っている。

 「ベース・2年、緒方ミウ」

 ベンベン、ベキベキというベース音が響く。バンドと出会い、恋愛を楽しみ、この一年で圧倒的に変化したと言われるミウさん。周囲の反応に悩んだこともあったらしいが、今は誰のことも構うことなく、クールに己を貫いているように見える。真面目で現実的な部分とプライベートの両立がうまくいっているようで、誰よりも大人の色気を感じる。

 「ギター・ヴォーカル・1年、広瀬マキコ」

 私はニッコリ笑って、ギターを無作為にかき鳴らした。今まで自分が創り上げてきたマキコ像を消しゴムで消すようにゴシゴシと。シャカシャカと。
 客席からは拍手の海が押し寄せてきた。

 「そして、ギター・ヴォーカル・2年、谷山アキー!」

 波が消えぬ間に、すかさずアキさんの紹介をした。
 誰もが認める天性の声、次々に曲を作り出してしまう才能。音楽をするために生まれてきたとでもいうような圧倒的な天才は、ペコリと頭を下げた後、少しだけ手を振り、「シャーン」とアコースティックギターを鳴らした。この瞬間だけは、普段のアキさんだった気がする。
 あまりの控えめな態度に、客席からは笑い声が聞こえてきた。

 「ありがとうございます。最後まで楽しんでいってくださいね。それでは次の曲も新曲です。聞いてください」

 アキさんは少し恥ずかしそうにしながらMCを終わらせた。ステージにいる時だけは言葉に詰まる症状が出ないことも含めて、アキさんは神様が選んだ人なのかもしれない。
 お客さんも彼女の不思議な魅力に惹き込まれていくのが分かる。空気を変える圧倒的な力を感じた。

 次の曲はミウさんが作った曲。
 テイストがガラリと変わり、映画の主題歌になりそうな壮大なイメージを膨らませる。ミウさんが苦しみ、文化祭の直前に生まれた曲。バンドだけでなく、ピアノやオーケストラを加えたら、さらに曲が進化するんじゃないかと、未知なる可能性を秘めているとリハーサルで盛り上がったのが懐かしく感じる。
 この曲はメインボーカルがアキさんということもあり、私はサポートしてギターとコーラスを担当する。
 気は抜けないが、ようやく落ち着いて周りを見渡せるようになると、クッキリと最前列に居座る母の姿が目に入ってきた。

 え・・・?

 信じられなかった。
 無表情だと思っていた母の顔は、見たことがないほどに穏やかな顔をしていた。視線は私にではなく、バンド全体に注がれている。
 他の観客と同じように手を上げたり体を揺らすことはしていないが、心は会場とともに私たちの音楽に合わせてノッているのが分かった。

 私は、何か大きな勘違いをしていたのかもしれない・・・。

 1時間59分 1600字

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