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【小説】 取り戻したい、時間。


“みんなでスタジオ入らない? 高校の時みたいに意味もなく”

 メールの送信ボタンを押せず、まごついた。
 でも、最後の勇気をくれたのは、アイドルちゃんたちの姿だった。

 歌って踊る。彼女たちの仕事は、全て与えられたモノかもしれない。いや、もしかしたら、自分達だけで全てを作り上げるのは難しい仕事なのかもな。曲を作る人、ダンスを作る人、衣装、メイク、照明、音響、あらゆる人間の力が集結して、キラキラに輝くアイドルちゃんが生まれる。彼女たちに与えられた使命が「ピカピカに光る」ことだとしたら……。
 彼女たちの中に、“こなす”ような子はいなかった。みんな、自分を良く魅せることに必死だった。音楽に寄り添ってくれることはなかったけど、そんな彼女たちの姿は勇ましく、そして、可憐だった。
 目の前の課題と必死で闘う姿が、どうしても高校時代の自分達と重なったのだ。

 たぶん、こなすようになっていたのは私。
 デビューして数年で注目を浴びて、作曲の仕事も増えてきて、どこかで慢心が生まれていた。バンドを結成して音楽を作って、営業したり、ライブを企画したりして、自分達で仕事を生み出してきたはずなのに、いつの間にか仕事が降ってくる状態になった。

 与えられていたのは、私たちだ。
 いろんな言い訳を作ってきて、メンバー間での話し合いも減ってるし。確実に仕事を待つようになっている。アイドルちゃんたちに向けた心の言葉が、そのままそっくり自分の胸に突き刺さった。

 レコーディングが終わっても、アイドルちゃんたちは誰一人、疲れた様子を見せなかった。キャッキャと上辺だけの会話をしながら、甘い香りを残してく。そして、帰り際、彼女たちは口を揃えてこう言った。

「お疲れ様でした。ありがとうございました! よろしくお願いいたします!」

 最後の「よろしくお願いします」を聞いた時、自分の心が浮いてくような感覚があった。人に頼ることは、迷惑をかけることと同じなのかもしれない。彼女たちは、ハナから自分一人で輝くだなんて考えていなかった。頼って頼って、生きていく。迷惑をかけて、生きていく。だからこそ、自分達はステージで目一杯輝くことができるのだ。
 私は偽りのない笑顔で手を振った。

“みんなでスタジオ入らない? 高校の時みたいに意味もなく”

 そこまで打ってから、一度、深呼吸をした。
 時間を取り戻したかった。自分達だけが音楽を楽しんでいる時間。誰の大人にも邪魔されず、やりたいことをやる時間。純度の高い透明な気持ちが世界を満たしていた時間を。
 でも、世界を乱しているのは私だ。だからこそ、私から動かないといけない。アキちゃんとだって、ちゃんと話し合わないといけない。リオンくんのことを。

 送信しました。

 ずっと一緒にやってきたはずなのに、この7文字を見るのに、ここまで苦労するなんてね。私は肩の力が抜けて、しばらくスタジオの外でボーッとしてた。空は暗く、一番星はとっくに空高く昇っていた。

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