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【小説】 何を吸収するかって話


 「・・・って話をしたんだ!」

 「うん、いい話だね」

 二人は手を繋いでいた。まだ昼頃は暑さを感じるが、日が落ちると風は冷たくなっていた。

 「二人が受験しないってのもびっくりだけど、谷山さんが言ってた『食べ物も音楽も、たくさん身体に入れた方がエネルギーになる』ってのは、すごい話だね!」

 ミウは文化祭後の打ち上げのことを事細かく伝えた。まるで家族と話す時のように。

 「本当そうだよね。私も驚いたとか言いながらも、結局は、ご飯を食べて元気になるのを実感してたし。やっぱり食べるのって大事」

 「あとさ、食べるってことには、食べ物だけじゃない意味が含まれてるよね」

 付き合いたてのことは、恋人繋ぎなる指を絡ませる手の繋ぎ方をしてたっけ。今はスタンダードの繋ぎ方。こっちの方が、支え合っているという感覚になる。

 「ん? どういうこと? 体内に入れるって意味で?」

 「そう。言葉だって同じだと思うんだよね。身体にどんな言葉を入れてあげるかって凄く大切じゃない? 音楽をいっぱい入れるっていう感覚にも近いと思うんだけど」

 「なるほどね!」

 また言ってしまった。ヒロナに指摘されてから、気になってる口癖「なるほど」。別に言うことが嫌なワケでもないけど、言った後で毎回、「あっ」と思ってしまう。ヒロナめ・・・。

 「食べ物は肉体的なエネルギーに変換されるけど、言葉は精神的なエネルギーになるんじゃないかな」

 「その通りだと思う。本当に中草くんって言語化するのが上手だよねえ」

 心の声がそのまま声になって飛び出していた。これも彼と一緒にいるときに、よく現れてしまう症状の一つだ。

 「そんなことないよ。緒方が貴重な話をしてくれたから思っただけだし」

 「いやいや! ・・・そっかあ。アキのお父さんが言ってた音楽にたくさん触れるっていうのはそういう意味だったのか。単純に音楽の勉強って意味もあるだろうけどね。でも、そう考えると、環境とかも全部当てはまるよね!」

 中草コウシは人にキッカケを与えることが好きだ。スイッチをポンと押し、人の思考が進んでいく様子を見るのが好き。
 イケメンだし、頭もいいし、運動もできるけど、ある種の変態だと思う。

 「環境?」

 「うん。一緒にいる人とか、身を置いてる場所のこと。そこで体内に入ってくる情報が自分を形成していくのかもしれないなって」

 彼のキッカケで面白いように、自分の思考が回っていくのが馬鹿らしい。でも、この上なく楽しい。

 「うん、そうだと思う。絶対! ネガティブな声ばかりが上がる場所にいれば、自然と負のエネルギーをモチベーションにするようになっちゃうんだよね」

 「逆に、ポジティブな人が多い場所にいれば、自分もポジティブエネルギーが原動力になるしね。最近の私なんて本当にそう。中草くんと付き合ってから、完全に変わったと思う」

 どんどんテンションが上がっていく。話が積み上がっていく感覚を二人で共有していた。もう、周りの人間が見えなくなった盲目状態に入っている。

 「そう思えたら、これからもっともっと変わっていけるだろうしね!」

 「あ、そう! 中草くんが前に言ってたやつだよね。ヒロナにも『ミウは柔軟に変化できる天才』って言われたことがあったし、最近は『私は変わりたい人間なんだ』って自分で思うようになったもん」

 自分の性格は自分で決めている。誰かに言われたこと、経験してきたことを材料に自分で選んでいるんだ。それこそ環境を言い訳にして。
 そんな自分が嫌ならば、環境を変えればいい。触れる人を、言葉を変えればいい。変えたいと思えばいい。それだけで、体内に入ってくるモノが変わる。

 「『常に安心の一歩外側にいたい』って言った話だよね。よく覚えてたね! その気持ちを持ってるって本当に大事なんだよなあ。だから、音楽をたくさん聴くとか、ご飯をたくさん食べることがエネルギーになるって話は、本当に深いと思うんだよ」

 「ほんとだね。アキは音楽を心から愛してるもんなあ・・・。そんな人を誰も放っておかないしね」

 アキは極端に人付き合いよりも音楽を優先して、音楽が身体中に流れている。それがパフォーマンスにも繋がっているし、魅力とか個性になるんだと思う。

 「うん。緒方もすごいけど、『HIRON A‘S』ってバンドもやっぱりすごいと思うよ。だから、活躍して当然。ボクも夢を見つけないとなあ・・・」

 「あんまり聞いたことなかったけど、中草くんって将来の夢とかあるの?」

 「うーん。それがないんだよねえ・・・。色々考えてるクセに、結論出せてないんだ・・・」

 ミウは「そっか」としか言えなかった。なんでもできると思っていた中草くんに、初めて悲しみを感じた。そして、バンドをやってしまっている手前、「実は私も本当に音楽がやりたいことかは分からない」とは言えなかった。
 秋にしては冷たい風が吹いた。
 どうしても避けられない問題が訪れる予兆がした・・・。

 

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