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【小説】 プロとアマ。


 ミウが恋人と別れたらしい。
 大学に行かない自分からしてみたら、受験が原因で別れるということが理解できなかった。現役だろうか浪人しようが、大学生には変わりない気がする。
 しかし、二人の間では、折り合いがつかなかったようだ。
 大学生になるミウは、浪人生になる中草コウシにフラれてしまった。
 音楽祭のリハーサルを本格的に開始しようと思っていた矢先のできごとに、バンドメンバーは面食らった。
 ミウから「リハ、休ませて」と連絡があり、初めてベース抜きでのリハーサルをしてみたが、まるで音の厚みが変わり、改めて共同体としてのバンドの価値を認識させられる。
 
「ど、ど、どうする・・・?」

 誰よりも音楽のことを考えているアキは、ベースが抜けたことに人一倍危機感を感じていた。しかし、そこに「ミウを連れ戻そう」という気持ちは含まれていなかった。傷心の彼女を引っ張り出そうとするくらいなら、曲の編成を変えてアコースティックバージョンなどの可能性を探った方がいいと思っているらしい。

「どうするもなにも、ミウさん、引っ張り出さないとですよね?」

 完璧主義者であるマキコは、恋愛くらいで落ち込むミウに幻滅しているようだった。受験とバンドの両立ができるのに、失恋をキッカケにバランスを崩すということに理解ができないみたいだ。
 マキコはミウを尊敬していただけに、苛立ちを隠せていない。

「で、で、でも、それはかわいそうなんじゃない・・・?」

 友を想うアキが思わずフォローを入れると、マキコにスイッチが入り、烈火のごとく怒り出した。

「アキさん、そういうことじゃないですよね? アタシたちは事務所にも入ってて、アルバムとかも出してるんですよ? 音楽祭は学校行事かもしれないですけど、プロ意識もって臨まないと!」
「そ、そ、それはそうかもしれないけど・・・」
「音楽祭実行委員の人たちだって、これまでのアタシたち活動を評価してくれたから、オーディションをパスさせてくれたワケだし。アタシだって、なんのために掛け合ったのか分かんないですよ!」

 一度走り出したことで、さらにマキコの熱は加速していく。

「マキコちゃん、別にミウは戻ってこないなんて言ってないんだから。少しゆっくりさせてあげてもいいんじゃない?」

 怒りの対象を散らすために、ヒロナはアキのフォローに回った。
 しかし、マキコは照準を変えたように、ギロリと睨み、

「ヒロナさん、アタシ、この一年、本当はもっとバンドしたかったです。でも、先輩たちが受験だから気を遣ってた。実際、阿南さんだってアタシたちを気にしてくれてスケジュールを控え気味にしてくれたみたいだし」

 火山が噴火したように怒りを露わにするマキコにヒロナは驚いた。
 ここまでストレスが溜まっていたことに気づけなかった自分が情けない。
 黙然としている先輩二人に向かって、マキコは毅然として話を続ける。

「で・・・、この春からは、アタシが受験生になる」

 ドラマの主人公のように、たっぷりと間をとったあと、マキコは言い放った。

「別にアタシは気を遣ってもらわなくても、全部キッチリこなします。先輩方の受験も終わったからバンド活動も活性化すると思うし。それでいいんです。そうじゃなきゃ困るんです。でも、たかが恋愛だけでリハを飛ばすとか、そういうの嫌なんですよ。別に恋愛するなと言ってるワケじゃなくて、バンドに持ち込まないで欲しいんです」

 押し黙る二人に、マキコは見せつけるように、ため息を吐いた。

 彼女の言うことは、間違ってない。

 間違ってはいないけど・・・。

 正しいとも思えない。

 ヒロナは下唇を噛み、小さな決心をした。


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