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【小説】 恋の終わり。


 森口リオンのピアノのコンクール出場が決まった。学校内での熾烈な選考を通過し、戦前から続いているという由緒あるコンクールに出場することになった。9月に予選があり、通過すれば本線はテレビ放送もあるんだとか。「これで世界が変わる」という一見、自信に満ちたメールを読み、私は思わず拳を握った。
 頭で何度もシュミレーションをして、「おめでとう、リオンくんなら絶対に優勝できるよ!」と返信する。根拠はない。でも、私は本気で思ってる。私たちのバンドだって同じこと。根拠のない自信でここまで闘ってきたんだから。

 メールを返す頃には、すっかり頭が冴えていた。どうして自分に連絡を寄越したのかを考え出すとキリがないけど、きっと喜びを共有する相手がいなかったのだろう、と無理矢理気分を落ち着かせる。そして、ショパンのピアノ協奏曲第二番を流した。絢爛豪華な曲に緊張が緩み、ココアを啜るとさらに気持ちが凪いでいく。
 ピアノとオーケストラの融合。陳腐な感想だけど、クラシックって感じがする。オーケストラの大音響をバックに、圧倒的なピアニズムが繰り広げられる。非常に華やかで、誰が聞いてもハイレベルなテクニックが求められる中、途中、ピアノソロも挿入されるなど、緊迫した掛け合いもある。大観衆の中、ステージ上にあるピアノの前に座ることができるのは一人だけ。いつか、リオンくんもこんな演奏をするのかな……。

 私の恋は終わった。
 その瞬間、そう思った。

 ノートを開く。日課になった毎朝の日記だ。日記といっても、大体は前日のこと、あとは今日のこれからの予定などをダラダラと書いていく、メモ帳のようなもの。無心になって黒鉛を刻んでいく。曲はどんどん盛り上がり、気持ちが高揚していく。音楽に誘われるように、メロディに合わせるように、筆が進んだ。その内容のほとんどが、アキちゃんへの謝罪だった。リオンくんのことや、バンドのこと。黙々と自分の気持ちに整理をつけていった。

 ……そして、第一楽章が終わった。

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