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【小説】 体内に入れるもの


 ヒロナとミウとアキは、三人で食事をしていた。高校生活最後の文化祭が終わり、軽い打ち上げというやつだ。「HIRON A‘S BAND」初のライブステージから二年が経った。高校入学するまでベースもドラムも触ったことがないのに、バンド結成して半年足らずで無理矢理ステージに上がったことは三人の記憶に一生刻み込まれただろう。神経がすり減り、摩擦も生じた。しかし、あの経験が最初にあったからこそ、乗り越える力を身につけられた気がする。
 駅近くのファミレスは若者で賑わっていた。イタリアンを銘打ってはいるが、ファミレス界でトップを誇る安さと美味しさだ。当然、文化祭からの流れで集まる子も多い。チラホラと明月生の姿があった。

 「三人でご飯食べるの久しぶりな気がする!」
 ドリンクバーのジュースで乾杯をして、それぞれが飲み物を口に含むと、すぐにヒロナは口を開いた。飲み物を飲んだあとは間が生まれることが多いから、話題を振ってもらえるのは助かる。

 「確かにね。二人とか四人とかではあるけど、三人だけは一年生の時ぶりとかじゃない?」
 ジンジャーエールを飲みながら私が答える。たくさん汗をかいたせいか、やけに炭酸がしみる。アキは喉を気にしてるらしく、炭酸は飲まない。野菜ジュースを飲見ながら「うんうん」と首を縦に振った。

 「そっかあ。まあ、そうだよね。マキコちゃんって去年から入ったんだもんね。そんな感じしないけど。もう、みんな小さい頃から知ってるような気分だわ」
 ヒロナは自分に言っているような喋り方で、一人で何度も頷いていた。私もアキも、彼女が何かを告白するという予感をした。
 少し間が生まれた。
 隣の席では男子校生たちのグループが文化祭の話で盛り上がっている。「どの女の子が可愛かった?」など、若者らしい話題が聞こえてくる。
 隣にはバンドをやってた女子が三人いるけど、気付いてますか?

 「あとさ、私がバンド以外の時間は中草くんとの時間を優先するようになっちゃったっていうのもあると思う」
 「で、で、でも、それはしょうがないと思う。だ、だ、だって、バンド活動も忙しくなってきたし、じ、じゅ、じゅ受験勉強もしなきゃならないんだから・・・!」
 アキが猛烈にフォローしてくれたことが嬉しい。分かってくれているだろうと思っても、時々不安になることがあるから。言葉は身体の栄養になっているんだと思う。

 「そうだよ。むしろ、今日はごめんね。せっかくの二人の時間なのに」
 ヒロナは完全にふざけた調子で言ってきた。私が怒るのを知ってるのに。これはプロレスだ。
 「ねえ、マジで、そういうのやめて。そこまでベタベタのラブラブの関係ではないの知ってるでしょ? 最初のライブから今日でちょうど二年なんだよ? しかも高校最後の文化祭だし。どう考えてもこっち優先でしょ!」
 彼氏を理由にしていると思わることが嫌だった。そのために、バンドも勉強も頑張ってきたのに。
 バンドやってるから。
 勉強ばっかりしてるから。
 彼氏と遊んでるから。
 人は何かにつけて理由をつけたがる。それが本当に気持ち悪い。
 ヒロナはケタケタ笑い「ごめん、ごめん」と何度も謝った。怒ると分かってるのに言うんだからタチが悪い。でも、これが私たちの昔からの関係なのだ。
 彼女に言われるたびに、自分の背筋がシャンと伸びるし、律する心を再確認できる。

 「ミウ、ごめんて。私はさ、ミウと違ってバンドを理由にしちゃうんだけど、受験止めることにした。音楽活動一本に絞ってみる。私はバンドを理由に勉強をやめる! それが今日、言いたかったことの一つ」
 もう分かってた。ヒロナが受験をやめたことは。
 アキが早々に受験しないことを宣言してから、二人はずっと揺れていた。この先の未来、自分はどう生きていきたいか・・・。テストの答案と違い、自分で正解を出さないといけない。

 「まあ、そうなるよね。分かる。私は二人みたいに意思の強さがないからさ。不安になっちゃうから全部やってるだけだし」
 自由に生きていいなんてハードモードすぎる。役割があること、やるべきことがあることがいかに楽チンか。誰だって自分の居場所を見つけたら、そこで落ち着きたいと思うのが普通ではないだろうか。だから大学にいき、色々な人に出会って選択肢を増やすんだと思う。
 与えられないと、決めることができないから。
 でも、目の前に座る二人は、音楽の世界にいるということは同じでも、早々に自由の切符を掴みにいった。同い年なのに、能動的に動いている・・・。

 「そ、そ、そ、そっちの方が凄いと思うけど」
 「ね。ミウってやっぱ、変だよね」
 「変人たちに変人扱いされたくないわ!」
 二人に自覚がないことが恐ろしい。大人たちが言う「やりたいこと」を完全に見つけている状態になっている。なんとなくは分かっていたことだけど、改めて言葉にされると、自分の弱さを感じてしまう。言葉の力、恐るべし・・・。

 「お待たせいたしました。マルゲリータでございます」

 「きたー! お腹すいたー!」
 落ち込むことはあるけど、大好きな仲間と一緒に、言葉を食べ物を食べる。
 それが血となり肉となる。それが、全てだ。

2100字 1時間41分

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