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【小説】 野球とサッカー (ミウ)

【ミウ】

 みんな、神がかっていたと思う。
 自分で思うことなんて、あまりないけど。たぶん、私も。
 特にアキとマキコの凸凹コンビは、二人の相性も含め、これからのバンド活動での礎を築いたのかもしれない。
 “冷静と情熱の間”なんてことを言ったりするけど、まさに私たちは「間」に立っていた。
 全員の感覚器官が敏感になり、互いに何を思っているのかが手に取るように分かった気がする。

 ライブ前、そしてライブの前半、マキコはお母さんのことで頭がいっぱいになっていた。身体中に力が入り、緊張しているのが誰が見てもわかるような状態だった。ヒロナの励ましのおかげで少しは力が抜けたとはいえ、私たちから見ると、まだ身体は強張っていた。そして、ギターの弦が切れるハプニングが起きてしまったことを皆に謝りながら、必死で闘っていた。そんな彼女を一丸となって援護し、なんとか最後まで走り抜けようと気持ちを盛り上げていた。

 MCに入ってからも彼女は肩で息をして、いつものような女優モードのスイッチが入っておらず、限界までエンジンを稼働させているように見えた。
 励ますことも出来ず、祈ることしかできないことが悔しかった。

 しかし、心配をよそに、MC明けのマキコはストンと憑物が落ちたかのようなスッキリとした顔になったのだ。何がキッカケなのかは分からないが、今までのライブスタイルもガラリと変わり、自分のことよりも音楽に重心をのせて歌い出した。

 そして、その瞬間に爆発したのがアキの歌だった。

 マキコの主張しない歌が、アキの表現の力を後押しした。
 カリスマ的な華やかさをもつマキコが一歩下がった瞬間に、隣にいたアキの魅力が爆発する。なんとも皮肉なようにも感じたが、逆に言えば、アキもずっとマキコの魅力を引き出していたのかもしれない。
 この変化は、参加している競技が野球からサッカーに変わったくらい大きな衝撃だった。

 同じチーム競技だけど、野球とサッカーはシステムがまるで違う。
 野球はそれぞれのポジションがあるし、連携することはあってもポジションはカッチりと決められている。バンドも同じだと思っていた。それぞれの分野、パートが決められている。
 対するサッカーは自由度が圧倒的に高い。もちろんそれぞれの持ち場のポジションはあるが、試合の流れによってはディフェンダーがシュートを決めることもあれば、フォワードが相手の攻撃をブロックすることだって普通に行われている。同じチームスポーツだが、サッカーはポジションを厳密に決めることにそれほど重視していない。大切なのは状況判断能力や、修正力だ。

 文化祭でのパフォーマンスは、演奏スタイルが野球からサッカーに転身した記念すべきライブになった。皆、同じゴールに向かって走り出したのだ。誰がシュートを決めるのか、誰がガッチリと攻撃を防ぐのか。状況に応じて出し引きがあったと思う。
 正解を出すことよりも、お互いに修正し合うことに全力を注いでいたのだ。
 今までにはなかった感覚だった。

 純粋に楽しかった。
 
 私とヒロナのようなベースやドラムは、フロントで闘うポジションではなかったし、本人的にも前には出たくない性質たちだったが、アキの性格だろう。そんな私たちに観客の視線が集まるように、わざと舞台袖方向に自分が避けたり、わざとこちらを見ながら歌ったりした。
 そのおかげもあり、本当に誰もが輝いていたと思う。
 そして、カーテンコールというロスタイムにも、アキとマキコは連携して、きっちりとシュートを決め、大成功のまま初のワンマンライブは幕を閉じたのだった。

 ついに一つにまとまったのだ。


 43分 1400字

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