見出し画像

【小説】 思い通りにいかないから、面白い。


 曇天。晴天。雨天。曇天。雨天。晴天。曇天。
 今週は不安定な天気が続いた。春と夏の間。季節の変わり目ってやつ。
 楽器を扱うようになってから、天気を意識することが増えた気がする。楽器がモロに影響を受けてしまうんだもん。温度や湿度によって音の響きは大きく変わるし、チューニングだってズレていく。雨が降った日なんて最悪だよ。楽器を濡らさないための注意も必要だし、髪の毛だってピョンピョンはねる。音は不安定だわ、身体は重いわ、テンション下がるわで、本当に大変。

 レコーディングが終わってから、対バンライブで新曲をかけることが増えていた。お客さんが求めてなくても、どこでも新曲。全ては夏に控える全国ツアーに向けての修行。練習するよりも、実践、実践、とにかく実践。
 思い通りにならないことを知っていく。
 グルーヴ感、客の反応、曲の爆発力。全てが日によって変化するから、絶対に思い通りにいかなくなる。ハプニングは当たり前だし、練習と本番では、まるで違った仕上がりになった。理想と現実のギャップが、天気みたいに不安定だった。
 
 この頃から、ファンレターに書かれることも変わってきた。「一生応援してます!」と書いてくれていた人から「バンドの方向性を見失ってませんか?」「ちゃんと説明してください」「昔の方が好きでした」なんて言われる始末。
 でも、ある意味、的を得ていたコメントで、私たちは、たぶん、バンドとして大きく変わろうとしていたんだと思う。

「みんなの気持ちも分かるけど、遠方から来てくれたファンもいるわけだし、一曲くらいはみんなが知ってる曲を演奏してもいいんじゃないかな?」

 ライブ終わりに阿南さんは言った。ファンレターを読んだのだろう。
 ファンの存在は、ライブを行う私たちにしてみたら、とても大きな存在で、“集客”というものと直接結びついてしまう。だから事務所もファンを無下にはできない。
 リーダーのマキコちゃんは私に「頼みましたよ」とウィンクをした。やれやれ。結局、私が大人対応の窓口になる。なんのために、リーダーを彼女に任命したんだか分からない。マキコちゃんは、表舞台に立った時だけリーダーを引き受ける気なんだろう。

「もちろん、私たちもそう思ってるんですけど、今は全国ツアーに向けての修行なんです。生み出した曲たちを、ツアーに向けて、もっと磨かないといけないんです!」

 キッパリと言い放った。これが、私。一歩も引かず、思ってることを正直に言う。相手が大人だろうが関係ない。
 きっと阿南さんもどんな反応が返ってくるかは予想していただろう。驚いたリアクションは見せず、「まあ、そうだよな」と頷いて聞いてくれた。ちょっとだけ、申し訳ない気持ちが湧いてくる。マネージャーって大変な仕事だよ。
 でも、私は言葉を続ける。

「恥ずかしい表現だけど、子育てみたいなことだと思って・・・。産みっぱなしで、育児放棄するのはイヤなんです」

 阿南さんの八の字眉毛がピクリと動いた。
 少しの沈黙が生まれる。他のメンバーも、何も言わなかった。

「・・・子育てって、思い通りにいかないんですよ。それが、面白くてね」

 しばらくしてから、阿南さんは話し始めた。
 
「それは、きっとみんなのご両親も思ってきたことだと思うんです。『ああ、思い通りにいかないなぁ』って、何度も何度も思ったはず。それでも子どもは立派に育って、こうして今、すごいバンドになろうとしている。そんなもんなんですよね」

 独り言のように呟く言葉に、私たちは静かに圧倒された。
 阿南さんの言葉は、濃縮された熱を帯びていた。

「・・・よし、わかった。じゃあ、ツアーに向けて、今はとにかく修行をしよう! 何か言われても、周りの声は無視して! それがボクたちの答えだ!」

 今度は大きな声を上げて、拳を振り上げる阿南さんにポカンとしてしまう。
 池のコイみたいに口をパクパクさせながら、私は言った。

「だから・・・、そう言ってるじゃないですか」
 
 緊張が解けるみたいに、朗らかな笑いが起こる。マキコちゃんは「ヒロナさん、ストレートすぎ!」とケラケラ笑い、ミウは「これ、なんだったの?」と眉をしかめながら笑った。アキちゃんは嬉しそうにクスクス笑っている。
 阿南さんは恥ずかしそうに笑い、鼻の頭をポリポリかいていた。

 その後、場が明るくなったから、私は何も言わなかったけど、耳の奥では、ずっと阿南さんの言葉が響いていた。

 “思い通りにいかない。だからこそ、面白い”

 その通りだと思う。
 バンドメンバーも、スタッフも、ファンも、みんな同じこと。
 思い通りになることなんて、この世には、ない。
 自分たちで演奏する曲ですら、そうなんだから。
 出来ることを精一杯やる。それだけだ。
 だから、面白いんだよね。

 もうすぐ、春が終わる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?