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【小説】 「死」という言葉。


 アキちゃんのソロライブは大盛況で幕が閉じた。1時間という短いライブは、観客の気持ちをさらに煽った。腹八分目だ。でも、だからこそ次も絶対に来たいと思わせるのかもしれない。熱気を帯びた観客がゾロゾロと帰っていく姿を横目に、私は放心してその場を動けずにいた。雑音が次第に遠のき、静かさが私を包む。奇妙な静寂だった。私は静寂の中で、アキちゃんのライブを振り返っていた。

 アキちゃんの歌には吸い込まれるような力があった。彼女が立っているだけで世界を支配し、聴くモノ全ての心を掴む。誰もが彼女の歌に聴き入っていた。祈りを捧げるように目を閉じている者。両手を合わせている者。唇を震わせている者。一切のブレもなく、目線を動かさない者もいた。感動しているようにも見えれば、何かに懺悔しているようでもある。ライブに来たはずなのに、会場が荘厳な景色に見えた。

 もちろん、アキちゃんの才能、実力は知っていた。だからこそ彼女の存在を世界に知ってもらいたくて、バンドを結成したのだ。なのに、なのに。ステージの上には私の知らないアキちゃんがいた。私が出会ったアキちゃんよりも、もっと大きい。まるで神様のような輝きを放っていた。誰もが彼女を求め、救世主に助けを乞うような熱狂を生んでいた。遥かに遠い存在になっていた。

 同時に私はアキちゃんのライブ中、ずっと一つの言葉が頭から離れなかった。それは「死」だ。なぜ、そんな言葉が頭をよぎったのかは分からない。もちろん、私が死のうと思ったわけでもなければ、死という恐怖に襲われたわけでもない。でも、はっきりと「死」という言葉が心に浮かんで離れていこうとはしなかった。

 人々は死という不安を拭い去るために、アキちゃんのライブに誘われたのかもしれない……。私は「死」という言葉を片隅に、アキちゃんのライブに耳を傾け、会場の空気の流れに注目していた。決定的に会場も一体となって「死」を意識したのは、アキちゃんの後半のMCだったと思う。

「さよならの時に、うろたえないでね」

 確かにライブも終盤だった。あと数曲で本編が終わり、アンコールへと繋がっていく。そんな時、アキちゃんはまるで詩を読み上げるような口調で、ゆっくりと口を開いた。

「再会の時は必ずやってくるから。みんなと、みんなの友達のために。時間が経って、いくつかの人生を巡った後に、必ずやってくるから」

 誰に向けられた言葉なのかは分からない。だから一瞬の困惑があったが、それが何を意味しているのか、すぐに各々が実感した。「ああ、もうライブが終わるんだ」って。でも同時に、私は、その言葉の端々から「死」の匂いがプンプンとした。

 その後のライブは滞りなく進行し、アンコールでは衣装が変わった。全身、白色でまとまったコーディネートからは打って変わり、全身黒色。これまでの彼女のイメージにはなかった不思議な色気があったと思う。会場からも「可愛い」なんて声も上がっていた。でも、私には堕天した悪魔のようにしか見えなかった。堕天使が生み出す、美しい音楽の世界。荘厳でありながら恐怖も抱えている、艶美で脆い音楽に、私は「死」を確信したんだと思う。

「ヒロナ? ほら、行くよ」

 ミウの声がした。ハッと横を見ると、関係者のオジサンが立って「早くその席を退いてくれ」という顔をしていた。私はすみませんとポツリ謝り、終演後の楽屋に向かった。

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