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【小説】 ビギナーズラック


 ビギナーズラック・・・初心者が往々にして得る幸運。
 人生というゲームの上でも、ビギナーズラックはあるのかもしれない。
 私がまさにそうだった。
 アキちゃんと出会ったこと、ミウが親友だったこと、バンドを始めたこと、マキコちゃんがバンドに入ってくれたこと、芸能プロからスカウトを受けたこと、トントン拍子に人気が出たこと。全部、運がよかったとしか言えない。
 でも、これは単にツイていたという話だけでもない気がする。

 子どもの頃から、なにも考えずシンプルな答えを出してきた。
 好きなモノを周りに置いて、やりたいコトを探求する。それ以外は拒否。キョヒ。きょひ。断固として反対、反発、拒絶してきた。ビギナーの私は、なにが難しいのかも分からず、自分の気持ちの赴くままに生きてきた。行動したり、決断するって大変なのに。平気な顔して、やってきた。だから運が回ってきたんだと思う。
 複雑に考えてしまいそうな局面でも、考える選択肢を持っていなかったから、自分の感覚を頼りに、常にシンプルな結論を出してきた。
 
 でも、今は少し変わった。“考える”ようになった気がする。だから、悩むようになってしまった。難しく考えるようになってしまった。私が好きなモノが、相手に受け入れられなかったらどうしよう。傷つけてしまったら? 嫌われてしまったら? そんなことばかり考えてしまう。バンドとしての道筋は見えていても、その中にいる人たちの引っ張り方が分からない。言葉を選ぶようになったし、気をつかうようになった。
 だから、ミウの言葉にドキッとして、心臓を吐き出しそうになった。

「ヒロナって、けっこう変わったよね」
 休憩時間が終わろうとしてるのに、ベンチから離れようとしないミウは、フガフガと言った。
「そうかな」
「うん」
 ミウは私の太ももをパンと叩く。
「難しく考えるようになった」
「・・・」
 幼馴染の言葉は重かった。
「変わるって、いいことかな」
 私は自分の太ももの上にあるミウの手を、そっと戻しながら言った。
「よく変われば、いいこと。自分がいいと思えば、いいこと」
 ミウは半分冗談みたいに笑って答えた。

 

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