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【小説】 固まる心。


 バンド活動が止まっている間、私は曲を作り続ける日々を送った。一日中家にこもり、食事もそこそこにパソコン画面と向き合った。ここ数年で作った曲数は数知れない。日増しに家に機材は増えていき、私は質よりも量にこだわり、曲を量産した。自分でも驚くほど、曲作りにのめり込んだ。大学にも進学せず、与えられた時間のすべてを音楽に投入することができたのは、若さゆえのことなのかしら。アキちゃんはソロライブの準備。ミウは大学。マキコちゃんは大学受験。誰にも頼ることができない孤独な状態が、私を音楽と向き合わせた。

 毎日のように創作をしていると、音楽が痩せ細っていく。でき上がる曲が弱っていることに気付いた。そりゃそうだよ。何にもインプットをしていないんだもん。歌詞のための言葉も底をつくし、音楽のための刺激を身体に取り込んでいないんだから、曲に栄養がいくはずない。頭では理解してるのに、私は悟りを開いた仙人のような気分で、曲を作り続けた。リオンくんに対する想い、朝に漂うコーヒーを煎る香り、日常に転がる小さな刺激に耳を澄ませ、目を凝らし、音楽の材料にしていった。

 ある勘が働き、私はピアノロック調の曲ばかり作っていることに気付いた。バンドとしての音楽の方向性を決定づけようと思っていたのかも知れない。ミウがピアノを弾き、アキちゃんがベースを弾く。突然の楽器コンバートにも関わらず、私たちはワンマンライブを乗り切ることができた。そして何より曲がヒットした。この偶然を、宿命に変えなければいけない。そんな意識が私の背中を強く押し、気持ちを固いものにした。
 楽器の演奏はヘタクソだよ。分かってる。これまでのキャリアを捨て、一から築き上げるようなもんなんだから、仕方ない。でも、この時間が未来の私への贈り物になると信じていた。根拠のない自信があった。

 気付けば西の空が茜色に染まっている。紅葉したような鮮やかな色に郷愁を覚える。おかしな話だ。もうすぐ二十歳になるというのに、ずっと同じ家で、同じ場所で生活してきたというのに、ノスタルジックな気分になるなんて。こんな日の連続だ。ヘッドホンを外すと、子どもたちの声が聞こえてくる。下校中なのか、遊んでいるのかは分からない。キャッキャと何かに興奮したような狂った歓声は、耳障りで思わずヘッドホンで耳を塞ぎたくなる。
 私はふと、何か恐ろしいものと対峙しているような心持ちになっていた。



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