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変化(ミウ)

【緒方ミウ】

 「緒方さん、本当にお疲れさま。バンドすごかったなあ」
 私はクラスの中心人物になっていたんだと思う。
 初ライブを終えるとクラスの皆が裏に駆けつけてくれたし、片付けをしていても、途切れることなく誰かしらに話しかけられた。演奏の練習とクラス企画の制作に追われていて、自分の周りに人が増えていることに気が付かなかった。

 「ありがとう。実は、全然ステージの上の記憶がないんだけど」
 中草コウシは眉目秀麗、スポーツ万能、成績も優秀。生徒会にも入っている絵に描いたような人気者だ。どういうワケだか、文化祭では彼と一緒にクラス企画の制作の指揮を取ることになっていた。
 中草くんは誰に対しても壁を作らず、人との距離感も近い。自分から話しかけるからか、人から話しかけられることも多く、クラスの真ん中にはいつも彼がいる。同い年だというのに、他の男子みたいな思春期のようなモノはなく、女子とも平気でハイタッチをしたり肩を組んだりすることも出来てしまう、ある意味変わり者だ。

 「へえ! なんか、意外だね! あんなに楽しそうだったのに」
 彼と二人で帰り道を歩く姿は“恋人同士”に見えるのだろうか。手を繋いだりはしていないが、彼の肩はすぐ横にあり、手の甲が触れ合うほど密着している。これでは、勘違いする人が続出するだろう。実際、「緒方さん、一緒に帰らない?」と言われた時はドキッとした。
 
 「まだフワフワしてるというか、耳の奥で音楽が鳴ってる感じなんだよね」
 中草くんは「ふんふん」と言いながら楽しそうに遠くを見つめていた。彼は一体何を考えているのだろう。小気味よく頷きながら、私の話を聞いてくれる。
 「自分が拍手をもらうとか、人前に立ったり、囲まれたりするなんて想像もしてこなかったから、変な気分なの」
 「変な気分?」
 彼は一層楽しげな表情を向けた。夏休み前の少年のような目だ。暗いせいか黒目がさらに大きく見え、吸い込まれそうになる。
 彼の笑顔は、人に話をさせる力があった。

 「今までの自分ってなんだったんだろうなって思った。別に親の教育とかを否定したいワケじゃないんだけどね」
 「へえ、なんか素敵な話だね! それってどういうこと?」
 どうしてそんなに興味を持ってくれるのだろうか。何かカウンセリングのような実験をしているのだろうか。もしかしたら、データを取られているのかもしれない。そもそも、中草くんのような人気者と一緒に帰り道を歩いている時点でおかしいんだ。
 頭の中で疑問が渦巻く。
 普段の彼の様子を見ていれば、これが彼にとっての当たり前だと冷静に判断できたのかもしれないが、文化祭後の疲労、暗闇が思考を混乱させた。

 「生まれ変わったような感じ?」
 すぐに質問に答えなかった私の代わりに、彼はさらに質問を重ねた。微妙な空気を一瞬で読み取ることが出来るのは天性のものだろう。
 「うーん・・・、自分で自分の性格とかを作り込んでしまってたなあって」
 彼は何かを発見した時のような驚いた顔をしたことが不思議だった。
 「それこそ親の教育とか、育った環境を理由に、『私とはこんな人間だ』って決めつけてた気がして」

 「それ、僕もずっと思ってたことなんだけど!」
 暗闇に中草くんの低くて優しい声が響いた。
 「僕も同じことを考えていて、人は可能性を自ら狭めているんじゃないかって思ってるんだ。自分の説明なんて出来ないはずなのに、過去の経験を材料に自分を語ってしまう」
 中草くんはどんどん早口になり、気持ちが高揚していることが伝わる。
 「それって、“自分が安心できる場所に居続ける”ってことだと思うんだよね。それだと新しい経験なんて出来なくなってしまうし、自分から逃れることができなくなって辛くなる」
 「確かに・・・」
 ようやく差し込むことができたのが「確かに」という相槌だった。
 「僕は、常に安心できる場所から一歩外にいたと思うんだ。だから人に沢山話しかけるし、距離感も近くしたりする」
 彼は、私がボンヤリと考えていたことに輪郭を与えてくれた。

 「え? 中草くんって天然でアレやってるんじゃないの?」
 「あはは! アレって言うとなんか悪いことみたいだね! そうそう、意図的かも」
 「そんなこと言って大丈夫なの?」
 「なんで?」
 「だって、それ聞いたら“嫌な人だ”って思われてもおかしくないというか・・・」
 戦略を立て人生を生きている中草くんが意外だった。でも、どこかで親近感も覚える。
 「ああ、その時は言葉を変えるよ。『誰だって、家の姿と外の姿は違うでしょ? 僕もそんな感じで学校に行くときはスイッチが入るんだ』とか言えば、納得してくれるんじゃないかな?」
 あっけらかんと凄いことを言う中草くんに、強さを見た気がした。
 しかし、まさにライブステージに立ち、自分の中の変化の萌芽を感じている私にとっては突き刺さる考えだった。

 「ねえ、それ、私には言ってもいいの?」
 「あはは! 大丈夫! こんなことで緒方さんは僕のことを嫌いにはならないから! でしょ?」

 今の言葉も、戦略的に発した言葉なのだろうか。
 顔が熱くなるのを感じたので、少しだけ俯いて「うん」と答えた。


2時間 2100字

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