プレジャー訪問  (ミウ)

【ミウ】

 「今日は来てくれてありがとうございます。せっかくの夏休みなのにごめんね。お茶にしますか? コーヒーにしますか?」

 阿南リョウは丁寧に私たちを迎えてくれた。芸能プロダクション「プレジャー」の会議室は、学校の汚れた会議室とは違う。木目調のデスク、部屋の隅には背の高さほどの観葉植物、奥の壁は全面が窓になっていて開放感がある。シンプルだが、清潔感があり、空間も広い。開かれた印象だ。

 「いやいや! こちらこそありがとうございます! じゃあ、お茶で!」

 バンド大会の会場でスカウトされてから数日後。ヒロナは「プレジャーにみんなで行ってみる!」という結論を出した。即断即決で生きてきたヒロナだったが、今回に関しては直前まで悩んでいたようだ。

 「わかりました。では、お茶を持ってくるので、そんなに緊張しないでのんびりしててくださいね」

 プレジャーを訪れる前日にヒロナ家近くの「まつ公園」に集まり、プチ作戦会議のようなものが開かれた。それぞれの親の反応の報告会。皆、スカウトされたこと、今後どうするべきかの相談をしたはずだ。
 ヒロナ家とアキ家はバンドを続けることに賛成派。
 私とマキコ家は反対派だと分かった。
 うちの親は「ミウの努力が評価されるのはとても嬉しいし、今は楽しいかもしれないけど、将来のことをちゃんと考えてみてね」と予想通りの反応。分かってはいたが、正直、自分でも結論を出せていない。将来なんて分からないよ・・・。
 マキコ家は、そもそも親との関係があまり良くないらしく、詳しくは話さなかったが、「いくら大手でも、売れなかったらどうするの? 水商売でもするの?」と言われたそうだ。
 自分の気持ちと親の気持ちのズレが大きいとツラいだろう。マキコは暗い顔をしていた。

 「ふう・・・まずは、話を聞くだけだからね!」

 ヒロナはこうなることが分かっていたようだ。
 皆の話を聞いても動揺する素振りも見せず、それぞれの親の気持ちを受け止めていた。スカウトされた日に彼女が悩んでいた理由が少し分かった気がする。ヒロナはここまで想像できていたのだ。
 バンドを始めてからプロデュース的なことをやり、彼女には思考力が備わってきたのかもしれない。メキメキと大人へと成長する彼女の背中が誇らしい。

 「夏休みの冒険って感じだね!」

 ヒロナは舌をペロリと出して笑った。会議室には高校生らしい可愛い表情は合っていなかったが、少なくとも私たちの心は和らいだ。
 彼女は全てを承知の上で「阿南リョウに会いに行く」と決めたのだ。
 「色々あると思うけど、ひとまず、踏みだそっか!」という彼女の言葉に、皆、安堵するように頷いた。

 チームリーダーには独裁力が必要だと思う。
 言葉では簡単だが、覚悟を決めること。意志を強く持つことは本当に難しい。
 だからこそ、決定権を持ち、引っ張る力を持つ存在がチームには必要なのだ。
 「多数決って嫌い」と口にすることが多かったヒロナは、実感としてこの問題に気付いていたのかもしれない。
 
 ガチャリ

 扉の開く音に皆一斉に振り返った。
 
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