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推しのライブで機材トラブルに遭遇したオタクの長話

や、だからさ、あんたの恋人が「もっと女の子っぽい可愛い格好したら?」とか言ってくんのもそのせいなんだよな。オンナは可愛く化粧してピンク着て三歩下がってオトコの後ろ歩いて、オトコはオトコでそんなオンナをイイ感じにリードせにゃならんっていう思い込みなのよ、思い込み。
ちょっとおれも喋っていい?
そもそも“多様性”とか言われる前からおれは“当たり前”だとか、“思い込み”だとか、“固定概念”だとかまーそういうもんがさ、酢豚のパイナップルより嫌いだったんだよね。オトコはオトコらしく、オンナはオンナらしく、オトナになったら夢なんか見てないで就職して、結婚して子供を産んで子孫を残すみたいな、世間の“当たり前”な人生観みたいなやつ。まじふぁっきゅーって感じ。

あんたは悪くないから。でも彼氏も悪いひとじゃないでしょ。ただ思い込んでるだけ。女の子は女の子っぽい格好するはずだって思い込んでるだけ。それかただただそういうフェチなだけ。フェチだったらたまには可愛いカッコしてやんのもいいかもね、コスプレ感覚で。うん、似合うと思うよ。

でも本当に、みんな結構いろんなことを当たり前だと思い込んでるんじゃないの。必ずしもみんな異性のこと好きになるわけじゃないし、エスカレーター乗る時だって東京じゃ左側だけど大阪じゃ右側に乗るらしいじゃん。
あ、そうだ、こないだテレビでやってたんだけどさ、3色おはぎってあるじゃん餡子ときな粉とごま味の。あれって関西の方じゃごま味が青のり味なんだって。
え、そっちの方が美味しそう? まじか、おれは青のりはないわーって思ったわ。でもこれも思い込みかもね。あんたが言うなら意外と美味しいかも。


3月の半ばだったっけ、東北で地震あったじゃん。そんときウチの方もめっちゃ揺れてさ。おれ丁度風呂に片足突っ込んだとこだったから参ったよね。マッパだったもん。警報とか落ち着くまでとりま服着て、布団被って震えてた。そっちは大丈夫だった? そっか、なら良かった。
震源地の方じゃ、それはそれは甚大な被害だったようだね。そっちと比べたらこっちは電車もすぐ動いたし、本棚から本が数冊降ってきたぐらいだから大したもんじゃねーよ。怖がるのもおこがましいぐらい。でも、ウチおかんとふたりぐらしだし、いざって時のことを考えるとシャワーを握る手がめっちゃ震えた。し、いつもより3割ぐらい早くバスタイム終わったね。風呂の中のニンゲン無防備すぎるもん。
メンタルガッタガタだったからなるべく平和なことを考えようと思って。そういう時って、信じられないぐらいエゴな、半径3メートルぐらいの平和しか祈れないもんだね。罪深い。
そう、翌々日ぐらいにさ、今激推ししてるインディーズのバンドのライブにツイッターのフォロワーさん誘って行く予定があったのよ。うんそれ、こないだシモキタのピザ屋でMV観てもらった3人組のバンド。いや、メンバーのことギタボとサングラスと緑髪って覚えんなよ。名前とパートを覚えてくれ。
ともかく丁度結成3周年記念で、初めての渋谷クアトロワンマンだったの。絶対行かなきゃだし、絶対成功してほしいじゃん? はーそうだ、この夜を乗り越えないと明後日のライブに行けなくなるーと思いながら風呂出て、髪乾かして、歯磨いてまた布団被ったね。頭の中で無限に彼等の曲が流れてて、モルヒネみたいだなと思った。

コロナが流行って以来さ、やっぱりいのちって、平和な日常って、どんだけ儚いものか改めて実感させられたよな。だけど恐ろしいことに、おれたちは慣れちゃうんだよ。明日が当たり前に来るものなんだって当たり前に思い込んじゃってたんだな、おれも。
あっさり失われることだって充分にあるのにね。


でもまあ、結局尊い明日ってヤツはその後2回も無事に来てくれて、ライブにも行けたわけだけれど。

え、ライブの感想? すげー良かった。これに尽きる。おれ、古参アピじゃねーけど彼等の活動1年目の終わりぐらいから見てきててさ、あの日は正直、史上最高に良かった。
良かったんだけど……んーこれ、ただ「良かった良かった」言ってるだけだと語弊があるかもしれんな。

とにかく楽しかったんだ。出囃子にハッピーバースデー使ったりして。祝ってもらう気満々じゃんね。
最近MVとかもさ、再生数増えたじゃん? お客さん増えたのも嬉しそうで良かったし、何より曲がどんどん良くなってんのね。いや初期からもう既に良かったけれども。あとね、歌がやっぱり良いんだわ。彼等3人ともボーカル執るじゃん? ハモリも年々綺麗になっていくし、三者三様にね、アツいんだわ。

でもね……あの日はね、ヤバかった。一番盛り上がってきた半ばぐらいでさ……機材トラブルよ。

しかもサングラスの彼が使ってるDJ機器が動かなくなっちゃったんだよね。めちゃ焦った。彼等の曲って打ち込みの音も多いから、コンピュータ動かなくなっちゃうとヤバいんだよね。
でもまあ、そういう時って割とすぐ治ると思うじゃん、普通? 気づいたら5分、10分……どんどん時間が経っていっちゃって。流石に怖くなったね。大人が大勢出てきて彼の機材の周りを囲んでさ、こりゃ悠長なこと言ってらんないなって。だってそんな状況、遭遇したことある? ギターの弦切れたとかちょっと同期が上手くいかないとかなら幾らでも見たことあるけど、初めてだったからね。怖かった。時間って、こんなに遅く流れるんだなって。
おれね、あの時、小学校の作文の音読とか、発表会とかで噛んだ時のこと思い出したりした。そんなん比べもんにならないだろうけどさ、衆人環視の中で自分じゃどうしようもないトラブルに遭遇するって、手摺のない吊り橋に放り込まれるような気分だろうね。

でもさ、その間にギタボの彼がアコギ背負ってさ、即興で演奏してくれたんだ。緑髪の彼も鍵盤弾いて一緒に歌ってさ。ね! 逆にレアだよね。

でもね、おれ、正直あの時のレア感、本気で楽しめてなかったな、と思う。そうなんよ、やっぱり落ち着かんのよね。今そこにいない、いつもコーラスで支えてくれてる彼が今まさに苦しんでるっていうのが、ちょっと堪えちゃって。顔引きつってたと思う。

でもその後なんだけどさ、フフ、ちょっと不覚にも笑っちゃって。
え? 心配だったんじゃないのかって? いやそれはそうなんだけど聞いて。あのね、まだトラブル解消しない時にギタボの彼が中島みゆきの『糸』を弾き語りで歌ったの。めちゃめちゃ良かった。めちゃめちゃ良かったんだけどさ、あの曲って2番ってそんなに聴く機会ないじゃない? いや名曲なんだけど。で、緑髪の彼がギタボの彼にその2番を振られたわけですよ。ワクワクしながら聴いてたらさ……。


「歌詞が~わからないよ~」


ウフフ。サビ前までほぼずっと「歌詞がわかんない」って歌ってんの。美しいピアノの旋律と共に。イイ声で。ど忘れしちゃったんだろうね。もうめちゃめちゃ笑っちゃって。てかさ、堂々と歌いきった彼もすごいんだけど、途中で伴奏止めたりツッコミ入れたりしないで歌わせてあげたギタボの彼のセンスもすごいよね。あの瞬間にハコの空気も一気に緩んだ気がするし、真面目に英断だったと思うわ。
あの瞬間にさ、もうこのままライブ止まっちゃうんじゃないかっていう不安とか、全部どっかいったもん。

多分さ、この時もおれ、思い込んでたんだよね。相手がメジャーだろうがインディーだろうが、ライブハウスじゃ完璧なステージが提供されるもんだって。万一トラブルがあってもだいたいすぐ落ち着くだろうってのもまた、間違いなく思い込みだし。そんなわけないのにね。みんなおんなじ人間なんだし、だからこそ1回1回のライブが貴重で尊いって、何度も何度もいろんなライブに行って、わかってたはずなのにね。コロナの影響で行けなくなったライブも、おれにだって沢山あったのに、完璧なのが当然だなんて思ったら、せっかく無事に観られたライブでもいらん心配してしまうんよ。それこそこの日のライブだって、件の地震がもっとデカかったら中止になるどころか、そもそも行けんかったかもしれないしね。
で、結局どうなったのかって? うん、ちゃんとトラブルも解消されてライブも再開したよ。終演めっちゃ押したけど。


でも、その後の彼等の歌と演奏がねえ……史上最高だったんだわ。


そりゃ悔しかったろうと思うよ、無念だったろうと思う。トラブルのせいで出来なかった曲もあっただろうしね。でも、それでもあの時の彼等は最高だった。きっと彼等は身をもってわかってるんだろうね、我儘なおれみたいな観客よりもずっと。当たり前なことなんて、なにひとつないって。そう思って、毎回全身全霊で演奏してるんだろうね。たとえどんな予想外のトラブルに見舞われてもさ。

多分僕だけじゃなくてさ、みんな無意識に当たり前だと思い込んでいるせいで、大事に出来てないことって意外と沢山あるんじゃないかな。


そういえばさっきのバンドの一番新しい曲のMVがなかなか示唆的でさ。へへ、玄人っぽい言葉使っちゃった。ああうん、後でチャットで送るわ。アニメーションで物語仕立てになっててさ、地球に隕石がぶつかってくるっていう状況で、イラストレーター目指す女の子の話なの。

もしも。もしもさ、もうすぐ世界が終わっちゃうとして、夢追いかけようと思う? ヘタしたらめちゃめちゃ無軌道に生きちゃうかもしんないじゃん。やけっぱち起こして。でも多分、その女の子は死が近づいたことで、実現しなきゃってやっと思えたんだろうなと思う。本当になりたい自分の姿を。

当たり前なことがひとつもないように、明日が当たり前に来るなんてこともやっぱりないのかもしれないよね。そうね、当たり前って脆いね。だからこそ、悔いのないように生きたいよね。
いや確かに、常に完璧でもいられないし好き勝手なことばっかりして生きるわけにもいかんわな、普通に考えて。どんな聖人君子でも明日世界終わるってなったら多分泣き叫びながら畳転がるもん。
でもさ、出来ることから始めたいよね。推しの現場には行ける範囲でなるべく多く行くとかさ、大事なひとになるべく多く感謝を伝えるとかさ、喧嘩したらその日のうちに仲直りしておくとかさ。


ねえ、おれたち一体日頃から、どれ程のことを当たり前だと思い込んでるんだろ。「当たり前が大嫌い」とかさっき言った気がすんだけどさ、めちゃ恥ずかしいねこれ。おれは愚かだ! 落ち込むなって? フフ、ありがと。
まーでも確かに楽しみでもあるわ。まだまだ当たり前だと思い込んでいることがあるかもしれないってことはさ、毎日が穏やかな自己破壊じゃない。スクラップアンドビルド。ロックンロールよ。何言ってんのかわかんないねコイツ。つまりさ、「これ思い込みだ!」って気づいたら、素直に受け入れられるようなひとでありたいよねって話。

だからあんたも彼氏に言いな、あたしは好きな格好してるんだからそれも丸ごと愛してくれって。そんで大喧嘩しなよ。なるべくその日のうちに仲直り出来るように、じっくり話し合いなって。あんたの好きになったひとだもん、素直に思い込みだったって、受け入れられるひとであってほしいのよ。


え、眠い? マジ、もうこんな時間じゃん。話聞いてくれてありがとね。じゃあまた、尊い明日が無事にやってきたらさ、近いうちにあのシモキタの店でピザでも食おうや。それまで、元気で。



■参考文献

文中に登場する3人組バンドは実在するインディーズバンド“Dannie May”がモデルになっており、内容はほぼ実話です。以下、文中でも取り上げているMVの実際のものです。素晴らしい曲と映像なので、よろしければ是非。

過去Dannie Mayのライブについて書いたもの↓↓↓

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