樹 直水

自称フリーライター

樹 直水

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最近の記事

晴のち曇、所により大雨

「うわぁ~、大荒れになるな」 ハンドルを持つパパはどこかめんどくさそうに「ためいき」をつく。ボクはなんかパパに悪い気がしてくるが、車のしぶきが跳ね上がるたびに心は一緒に飛び上がる。雨はいよいよ強く、遠くからカミナリが鳴る音も聞こえはじめてきた。 ボクはその音を耳に刻みながら、いつも聞こえてくるあのタイコの音と重ね合わせては、いつの間にか膝を叩いている。するとそのリズムはすぐに、真っ赤に染まったスタジアムの音を呼び起こし、アタマの中では試合開始のホイッスルが聞こえてくる。真っ

    • レンタル家族

      今流行りのゲストハウスウェディングか。 オレは新郎の兄。 この日に合わせてスーツ新調したけど、経費にならない。 スーツは仕事着だからしょうがないか。 さて、お色直しも終わって、だいぶ場が和んできたな。 お友達のご挨拶で盛り上がって、そろそろバカどもが注ぎにくる頃だ。 「雄太のお兄さんですよね。ご結婚おめでとうございます。一緒の職場で働いてます大竹っていいます」 ほら来た。だいたい空気の読めない同僚ってとこだ。 「本日はありがとうございます、弟がお世話になっております」

      • 白熱灯

        タタン タタン タタン 各駅停車に揺られながら 安アパートへと帰る時間は 少し肌寒い タタン タタン タタン 列車の窓から 橙色した灯りの家が流れていく タタン タタン タタン まぶたを閉じると ひざを抱えた小さな男の子が 畳の隅に座っている つかの間の帰省に 心配性な母はいろいろ聞きたがった いつも不機嫌な父は 黙って書物をながめていた 何も変わらない台所 ちょっとくたびれた玄関のサンダル ヤカンをのせた青い石油ストーブ 母親の問いかけに 答え

        • だいくとおにろく

          「鬼滅の刃」はすごい人気なんだね。でも、鬼の話なら「だいくとおにろく」さ。 「鬼」の学術的側面については民俗学的な研究に委ねるとして,鬼から直感的に感じるのは「ゲットー」えんがちょだ。よく「あの世」とか「霊界」「幽霊」とか言われるものは,だいたい日常的に触れたくないものであって、こういったあいまいな表現が使われる。こういった言葉は内容があるようで,実は全く実態の無い(というかわからない)あいまいなものである。ではなぜ,こういった「あいまい」さを用いるレトリックが必要だったん

        晴のち曇、所により大雨

        マガジン

        • ショートストーリー
          6本

        記事

          コーヒーを淹れること

          家でコーヒーを淹れるのは,ある意味贅沢。なぜかというと、コーヒーを飲むに至る一連の『時間の使い方』、その時間の余裕を自分に許すことになるからである。 「豆を煎る」まではこだわれないので、「豆のまま」コーヒーを買ってくる。忙しい日常の中でも、ミルで豆を挽くという行為は、密やかな贅沢となる。カリカリという音ではなく,ガリガリと重い音がよりふさわしい。 豆を挽く際には熱を加えないよう,ゆっくりと挽けということを聞いたことがあるが,確かに無心になれるこの時間はとても豊かだ。せっか

          コーヒーを淹れること

          壁から聞こえた、ぬくもり

          「これからお客さん来るってよ。こっちの都合なんか全くお構いなしだ。ったく!」 クライアントから「行く」と言われれば、待ってるしかない。自分たちのペースで進められないのは、どうしようもないけど、お客様には逆らえない。そもそも、時間なさすぎ、調整多すぎ、さらに奴らの気まぐれも多すぎて、杉林の迷路にでも迷い込みそうだ?! 「しょうがねえ、今日はカツ丼ダブルだな」 『おい、その中性脂肪どうにかしろ!』とも言えないので、 「いやシングルで」と答える。 「よっしゃー」とムダな大声。

          壁から聞こえた、ぬくもり

          コーヒーと大人とぼくたち

          コーヒーと出会ってから何年になるだろう。 初めて出会った本格的なコーヒーは高校1年の頃。悪友と共にOO7を観た帰りに寄った喫茶店だった。 無垢板のカウンターの前に座ると、ちょっと気恥ずかしくてなんだか居心地が悪い。いかにも「お前ら何しに来たんだ?」風なマスターがチラっとこっちを見る。メニューを見てもわかるのは「ブレンド」だけ。 「あの、ブレンドコーヒー2つください。」 ちょっとおどおどして注文すると、マスターは無言でうなずく。 『場違いか?』悪友と顔を見合わせる。しばし

          コーヒーと大人とぼくたち

          Chick Corea

          名盤”リターン・トゥ・フォーエヴァー”の1曲”クリスタル・サイレンス”。 一時期睡眠の質を計るために寝るときに聴いていたことがあった。スマホの音量を最弱にして,サックスのテーマ中に入眠するか,それともピアノソロまでに行くか。それとも全曲聴き終わるか。入眠が早ければ早いほど良質な睡眠だと定義して,毎日聴いていたが,いつ寝たかは起きた朝にはすっかり忘れている。もちろん,チックコリアの名作中の名作である。 ライブでチックを初めて聴いたのは1981年の夏,田園コロシアム"ライブア

          Chick Corea

          マフラー

          遠くに雪をいただいた山々が澄んだ空気の中に浮かび上がると、深緑色した里山の色彩は、より深い彩に満ちてくる。長袖シャツのそで先から、少し涼しい風が吹きこみはじめ、コーヒーを注いだ器がより暖かく感じるようになる。 毎日走っている高速道路は、市街地から郊外へと向かうにつれ様々な景色を見せてくれる。特に晩秋の彩と初春の若い緑に染められた里山の様子は格別だし、もやがかかったような冬の静けさは、筆舌に尽くしがたい。 それ以上に言葉を失ってしまうのは、いきなり木々を切り開き、黒々とした

          マフラー

          エビスビール

          とりあえずビールで」 とはいえ、コロナビールではないだろう。 飲み会でのファーストドリンクは、だいたいシャンパンじゃなくて、日本酒でもなくて、カクテルでももちろんなくて、ビールということになる。しかも時間がかかる生ビールではなく瓶ビールが定番。つまり、すぐに注いで乾杯できるから「とりあえず」。好きなものはその次に自分で頼めということ。しかし、これはエビス様にとってはたいへんな侮辱であるらしい。 青山で仕事をしていた若い頃、社長がドイツ料理店によく連れて行ってくれた。カウン

          エビスビール

          TWENTY FOUR

          「24」すなわち ジャック・バウアーを見てみる。 いわずと知れたアメリカのテロ防御アクションドラマ である。Season1は2001年から放映されはじめ、201 4年までに8つのSeasonを中心に制作された超人気作品。 基本は1日に起きたことを1時間ごとに構成して、24回に分割して放映したテレビドラマである。 とはいえ、今ではAmazonで「大人買い」ならぬ「大人鑑賞」で、一気に見ることができる。ワクワクしながら一週間待つ必要が なくなったのは、ある意味残念でもあり、

          ヒミズ

          震災後、被災地の情景を取り込んだことで物議を醸した園監督の作品。この映画は人生の応援歌ではないか。 社会には多種多様な、サイテーの人生からいわゆる勝ち組の人生まであると思われている。が、当の本人の感じ方は様々。現状に甘んじて普通と思うか、どうしようもない現状を打破したいと思っているのかは、その本人ですらわからない。また、その方法すら誤っていると普通の人は思っても、当の本人は至ってマジメに正しいことだと真剣に思い込んでいることも。そう、「牛乳の中にいる蝿、その白黒はよくわかる