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壁から聞こえた、ぬくもり

「これからお客さん来るってよ。こっちの都合なんか全くお構いなしだ。ったく!」

クライアントから「行く」と言われれば、待ってるしかない。自分たちのペースで進められないのは、どうしようもないけど、お客様には逆らえない。そもそも、時間なさすぎ、調整多すぎ、さらに奴らの気まぐれも多すぎて、杉林の迷路にでも迷い込みそうだ?!

「しょうがねえ、今日はカツ丼ダブルだな」
『おい、その中性脂肪どうにかしろ!』とも言えないので、
「いやシングルで」と答える。
「よっしゃー」とムダな大声。
まだまだ今日も、仕事は終わりそうにない。

解放されたのは、いつものとおり10時過ぎ。
いつものように揺られて駅を出て、いつものようにひたすら歩く。

息が白い。寡黙な人たちの寡黙な修行みたいだ。
月が妙に赤く見えるのは、街路灯のせい?

「青い光は気持ちを落ち着かせてくれるから、犯罪防止になるらしいよ」
誰かが物知り顔でそんなこと言ってた。
「なんか寒々しいよね。青いエルイーディーって」
クリスマスになると必ず妻はそうつぶやいた。

ようやく家に帰って風呂に。
「なんか、髪の調子、よくないんだよな」
薄くなってるわけじゃないが、髪がペタっとしてハードワックスの塗りすぎみたいな感じ。

「ちゃんとシャンプーしてるの?すすぎが甘いんじゃない。あのね、最低でも1分間はすすがないとだめよ。」と妻。

そもそも髪を洗うのに時間を気にする人がいるんだと妙に関心する。
ストレスか?いっそ医者に診てもらったほうがいいか?
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、まだまだハゲないから」
いや、そうじゃないんだけど…。

風呂入ってビール飲んで、テレビは勝手にしゃべっている。

『また、明日の天気か…。』

テーブルに肘をついて、頭もだんだん空白になる。
と、壁をバンっとけっ飛ばす聞きなれた音。
ただの雑音に、なんだかホッとする。

「また靴が小っちゃくなっちゃって」
「それ、足が大きくなったんでしょ」

ふっと、あったかい気持ちを抱えて、ようやく冷たいふとんにもぐり込んだ。



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