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晴のち曇、所により大雨

「うわぁ~、大荒れになるな」

ハンドルを持つパパはどこかめんどくさそうに「ためいき」をつく。ボクはなんかパパに悪い気がしてくるが、車のしぶきが跳ね上がるたびに心は一緒に飛び上がる。雨はいよいよ強く、遠くからカミナリが鳴る音も聞こえはじめてきた。
ボクはその音を耳に刻みながら、いつも聞こえてくるあのタイコの音と重ね合わせては、いつの間にか膝を叩いている。するとそのリズムはすぐに、真っ赤に染まったスタジアムの音を呼び起こし、アタマの中では試合開始のホイッスルが聞こえてくる。真っ赤なユニフォームがコートに散らばっていく。

早く、早く。もっと早くあの場所に行かなくちゃ。はじまっちゃう…。

パパがいつもの砂利敷の駐車場で、安物の白いレインコートを着たおじさんに500円を渡すと、「今日は大雨大サービス」とポテトチップスを二袋渡された。パパは雨つぶまみれのポテトチップスをボクに預けると、車を止めてこう聞いてきた。

「どうする?」

パパ、いつものことだ。ぐずぐずしてて、直前になるといつもボクに聞いてくる。ちょっとめんどくさそうにパパは外をながめているが、そんなの関係ない。隣に止めた車からは、傘もささずに真っ赤なポンチョを着た人たちが次々とスタジアムを目指して歩き始める。
フロントガラスを叩き続ける雨のリズムはランダムで、屋根からの音は少し低音が効いている。ボクの耳には別のリズムも聞こえてきたぞ。『奇跡を起こせ』のチャントだ。

「どうするって、早く行こうよ」

「うーん」

スマホをながめていたパパは気のない返事。ボクはママが準備してくれたリュックを引き寄せワークマンのレインスーツを引っ張り出す。迷彩色のオシャレな奴だが、やっぱり真っ赤なポンチョには勝てないな、この場合。パパに買ってもらえるとラッキーなんだけど。

「これ、ずっと降るな。せっかくいい席買ったのにずぶ濡れかよ」

パパはスマホをしまうと、なぜかハンドルをおもむろに掴み「よしっ」と気合を入れる。モードを切り替え完了、これもいつものこと。フロントガラスはいつの間にか真っ白で何も見えなくなっている。ねえパパ、早くいかなきゃ。

二人そろって着替えると、勇気を出して車の外に足を踏み出す。パラパラと頬に当たる雨粒がなんだか気持ちいい。足元のナイキはすでにグズグズで、歩くとグチャグチャ音がする。玄関にママが用意してくれた長ぐつは二人そろって置いてきちゃった。これ、怒られるかも。ボクの気持ちが通じたのか、パパと目が合うとニヤニヤしている。水たまりに自分から突っ込んでいったり…。あんなにいやそうにしてたのに、変なの。

鹿島線を越える階段に近づくにつれ、どこから来たのか真っ赤な軍団に飲み込まれていく。吐く息はますます白く、真っ黒な空に吸い込まれていく。階段のてっぺんにたどり着くと、みんなの白い息はだんぜん大きくなる。雨の冷たさがとっても気持ちいい。

そして、目の前がパッと開かれると、まばゆい光が眼に飛び込んできた。
そうだよ、あの光ってるあの場所まで、もうすぐだよ。パパ。


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