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エビスビール

とりあえずビールで」
とはいえ、コロナビールではないだろう。

飲み会でのファーストドリンクは、だいたいシャンパンじゃなくて、日本酒でもなくて、カクテルでももちろんなくて、ビールということになる。しかも時間がかかる生ビールではなく瓶ビールが定番。つまり、すぐに注いで乾杯できるから「とりあえず」。好きなものはその次に自分で頼めということ。しかし、これはエビス様にとってはたいへんな侮辱であるらしい。

青山で仕事をしていた若い頃、社長がドイツ料理店によく連れて行ってくれた。カウンターだけの小さな店、目の前のビールサーバーから黄金色の液体がグラスに注がれていく。ていねいに磨かれたグラスに、何度かにわたってじっくりと注がれるビールの様子はまさにゴールド感たっぷりだった。

広口のグラスに注がれたビールの泡と液体のバランスは、さすが専門店、美しい。社長が自慢げに「泡に楊枝が立つんだ」と、ビールの泡に楊枝を突き刺してニコニコしている。なるほど泡がなめらかで、粒子が本当にきめ細かい。自慢する社長は何もしていないけど、ビールはまさに職人技だった。

懐かしく、そんなことを思い出したのは恵比寿駅のエビスビール記念館を訪れたからだ。ワンコイン出して館内ツアーを終えると、最後に最大のイベントが待っている。

「おいしいビールを飲むためには3分かけて注いでくださいね」

「3分待っていられない方は、その間エビス以外のビールを飲んでいてください」

とお姉さんの講義。炭酸ガスを適度に減らしながら継ぎ足していくと、確かに深い味わいになっていく。ツアーでは1杯だけだが、まったく飲み足りないので、そのあとは館内のサロンでお代わりを、となるわけだ。

確かにエビスはうまい。スーパードライとか比較しようがない。

そもそもエビスビールとの出会いは、ある洋楽好きの友人からすすめられたからだ。どういう勧め方かというと

「エビスビールにはな、ハッピーエビスっていうのがあるんやで。普通のエビスには一尾の鯛しかおらんけど、恵比寿さんのビクにも鯛が入っとるやつがあるんや。しかも瓶ビールだけな。」

さっそく酒屋に探しに行くと、なかなか見当たらない。

「そりゃそうや、ハッピーエビスやさかいな」

そんな、こんなで、狭いアパートに瓶がたまっていくのも、結構つらかった。その頃は若輩者で苦さの味わいにも鈍感だったが、これまで飲み続けたかいもあって、いつからか熟練の飲み手になっている。「とりあえずビールで」の後もビールがおいしい。

*公式ウェブサイトによると、「ラッキーエビス」が正確名称。缶ビールにもラッキーエビスは存在する。

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