見出し画像

【短編小説】【特集】 自殺依存症 --彼らはなぜ「死」に依存するのか--

【特集】自殺依存症 --彼らはなぜ「死」に依存するのか--

「なんでって、それは気持ちが良いからよ」

彼女は我々の質問に気だるげに回答した。

「恐怖みたいなものはないのですか?私だったら、躊躇してしまうような気がするけれど」

「もう、何回もやってるから、あまりそういうのはないのかな。多分」

彼女は首を傾げ、眉間に皺を寄せながら、答えた。

「ああ、でもただ、別の意味での恐怖というものはあるかも」

彼女は右を見ながら思いついたようにそう続けた。

「別の意味で?」

「そう。なんていうか、バンジージャンプとか、やったことないことする時とか、そういう感じの恐怖。一瞬不安がよぎって、それでその後は視界が開けて、気持ちいい!、みたいな」

そう言いながら、彼女は我々のカメラと目線を合わせる。
彼女の目は白い光をはらみ、無邪気に輝いていた。

-----------------------------------------------------------------------------


自殺者というと、少し前は不遇な人のイメージがあっただろう。
いじめや、生活での困窮などのなんらかの人生の重荷が彼らを暗闇の中へと突き落とし、行き場のない中でその選択を取らざるを得ない状況にしてしまう。
それが往年の自殺者のイメージであったことは誰しもが納得するであろう。

しかし、2043年6月の生命維持法の設立によりその現実が過去のものになろうしていることをご存知だろうか?

我々の目の前に座る女性、冒頭のインタビューに答えた彼女の名は櫻井美波(仮名)という。

21歳、都内の大学に通い、夜は居酒屋でアルバイトをしている、どこにでもいる大学生だ。

しかし、彼女には大学生以外に別の顔がある。

5回。

この数字は彼女が今まで自殺を行った回数である。

自殺後、彼女は生命維持法の適用により、蘇生施術を受け、今このように我々のインタビューに答えている。

「5回の自殺の方法を教えてくれるかな?」

彼女は斜め右に目を向けて、指を折りながら、5回の自殺について語り始めた。

「1回目は友達に誘われて、なんだったか忘れたけど、犬とかが死んじゃう薬を飲んで、そのまま。2回目はビルの上で飛び降りて、それで死んで。3回目は…なんだっけな。」

そこで腕を組み、数分考える。

「ああ、リストカットだ、思いっきり手首を切って、湯船に浸けてそれで。4回目は電車で、轢かれて。あれは申し訳なかったと思ってる。いろんな人が困ったらしいし。5回目はこの前だけど、彼氏とだんだん効いてくる薬を飲んで、セックスしてそのまま。」

自殺のことを語る彼女には戸惑いなどの感情は全く見えなかった。これまで食べてきたステーキの話をするように、楽しそうに、それらについて滔々と語った。

それらを聞き、インタビュアーは次の質問を投げかけた。

「あなたの蘇生施術のお金は誰が払ってくれているかわかっている?」

「国が払ってくれた。だから、無料」

「そのお金は税金から出ていることは?」

「もちろん知っている。ただ、私も国民でお父さんが税金を払ってる。何も問題ないでしょう?」

彼女は腕を組み、少し不機嫌そうに、目を逸らした。

彼女のような自殺者は43年から今年45年の2年間で数万人も生まれたと言われている。

「自殺依存はれっきとした精神病の一種です」

そう語るのは国立精神医学研究センターの安田浩一教授である。
安田教授は44年から43年以後に発生した自殺を何回も繰り返す人々、すなわち自殺依存症の人々を研究し始めた第一人者である。

「自殺依存症自体はこれまでなかった病気ですが、今までも存在していたギャンブル依存症や、薬物依存症の類と全く同じものです」

「というと?」

「自殺依存症は本質的に脳内麻薬によって引き起こされるものだと考えられます。昔から、死に直前したり、なんらかの生命に影響があるような状況の場合、脳がそれらによるストレスを軽減するために多量の脳内麻薬を生成することが知られていました。今回の自殺依存症に関してはこの生命の極限状態に生まれる多量の脳内麻薬に対する依存と捉えられると考えられます。」
-----------------------------------------------------------------------------

「気持ちが良いかと言われるとそうかもしれません。」

田中浩一は我々の質問に対し、そう答えた。
田中浩一も自殺依存症の一人である。
彼は今までで4回、死を経験している。

「大学では哲学の研究を?」

「はい。主にポスト構造主義に関する研究をおこなっています。」

彼は都内の名門大学の大学院に通う23歳。名だたる有名人を輩出するその大学に通う彼はなぜ自殺を繰り返すのか…

「なぜ自殺をするの?」

「強いていうならば、生き返る、生まれ変わる感覚を感じるためでしょうか」

彼は淡々と冷静に解答をした。

「まだ、自殺はしようと考えているのか?」

「特に決めてはいません。ただ、蘇生が使えるあと1年間の間で数回はするのではないかとは思っています。」

-----------------------------------------------------------------------------

「自殺して蘇生ができるのを、24歳までと決めたのは当時の内田健剛首相と厚生労働大臣を務めた山田拓郎だと言われています。」

そう語るのは、東山大学政治研究家 佐藤淳一教授である。
佐藤教授は生命維持法に対して、否定的な立場をとる論客の一人である。

「生命維持法がこのように使われる可能性があることは以前から議論がありました。」

少し憤慨を匂わせる口調で、佐藤教授はそう語った。

「なぜそのような否定的な論がある中で、生命維持法は制定されたのでしょうか?」

「一般的には若者の自殺者の増加と、人口の減少だと言われています。」

43年当時、この法の制定に際して多く報じられたのが、この二つだったことは記憶に新しい。

40年の大災害による東京首都圏への打撃により、日本全体の経済は大幅に影響を受けた。GDPをインドに抜かれたのもこの時期であった。

数年後にはその影響は薄れると考えられていたが、その影響はあまりにも大きく、また当時の日本経済は落ち目だということも相待って、戦後最大と言われる大不況に突入した。

そして、その大不況の中で、自殺者の増加が叫ばれた。

また、不況とは別に大きく問題視されていたのが人口減少である。

団塊の世代と呼ばれる人々は次々と命を落とす中で、人口は急激に減少しついに1億人を切る未来が見えてきていた。

そんな未曾有の時代の中、生命維持法は国民の末長い繁栄するために最新の科学技術を税金によって無償化するという一つの希望として制定されたものであった。

「ただ、一方では、これは、あくまでも噂の範囲ですが、ある大手医療会社との秘密のやり取りによって制定が押し進められたという側面があるとも言われています。」

確かに、法の制定後、某企業の利益が大幅に増加し、株価が上がったことは事実である。
しかし、真実は杳として知れない。

最後に佐藤教授は以下のように語った。

「生命維持法には蘇生に関する制定の他に、重大な病気にかかった際の最先端の医療の無償提供など、特に今まで重要視されてこなかった若者に対する医療制度が多く記述されています。政府には一刻も早く、法の改正を要求したいです。」

-----------------------------------------------------------------------------

「これから先、自殺を続けていくの?」

「どうだろう。飽きたらやめるかもしれないし。ただ、とりあえずは続けると思う。」

櫻井は少し頷きながらそう語った。
-----------------------------------------------------------------------------

「自殺でないといけない意味は何?」

「そうですね…死というものにおそらくなんらか、惹きつけられるものがある気はします」

田中は少し考えてそのように答えた後、「逆に、皆さんはなぜ生きているのでしょうか?」と唐突に質問を行った。

インタビュアーは虚をつかれたように苦笑いをした。

「そうだな。なんでと言われると難しいな。」

そう言って、目を泳がせた。

「そうですよね。自分の感覚もそれと同じです。生きることを求めるように死ぬことを求めている。すみません。自分でも何を言っているのかわからなくなりましたが…」

田中はその数日後、自宅で5回目の自殺をした。
----------------------------------------------------------------------------

「自殺依存者が減ることはないと考えられます。おそらく法が改正されるまでは。」

安田教授は我々の自殺依存症のこれからに対する質問にそう答えた。

新たな科学技術と法が産んだ現在の病である自殺依存症は、今後も多くの青年を「死」に魅了し、導いていくのだろう。

我々取材班も今後の動向には注目していきたい限りである


2045年10月20日
週間TOKUDANE

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?