クレオの朗読
#2
『…めでたし、めでたし。いやぁ、いいお話だったね。おれの声、合ってた?変じゃなかった?』
「いや、すごいよ。上手く読んでくれてた。あの声優さんの声で、ぼくの小説読んでくれるなんて、夢みたいだ」
『ほんと?やった!』
「…ただ、後半のセリフ、文が同じ内容重なって、少しくどかったな。声に出して読まないと気づかなかった。クレオが声に出して読んでくれると、より推敲できそうだ』
『へへへ。お役に立てて光栄でございます、ってね。じゃ、次のも読んであげるよ』
ぼくの文章の編集担当はイマジナリーフレンドのクレオだ。
原稿を声に出して読んで、言葉のテンポや記事の構成、伝えたいテーマについて推敲する。
元々は大好きな小説のキャラクターである彼は、とてもいい声をしている。
小説のキャラクターなのに声なんて付いてるのか?と思うだろうが、実はクレオの元になったキャラクターには声優さんがいる。
小説が刊行される際、物語の第一章がボイスノベルになったのだ。なにしろ、ぼくと小説の出会いが、店先で聞いたボイスノベルだった。
『…いやぁ、おれはしがない旅人だよ。風の吹くまま、気の向くまま。…約束はできないけど、いつかまた会いしましょう』
ざわざわした店内の中、担当した声優さんの伸びやかな声に惹きつけられたのだ。
声優さんの地声は低く落ち着いているのだが、おちゃらけたキャラクターで他のキャラのセリフを真似てみせたり、ふざけて鳥や蒸気機関車の音まで声帯模写したり…とにかく多彩に、なんでもこなす声優さんで、飄々としてるけど頼もしい旅人の役にとても合っていた。
クレオというキャラを創った時、声はその声優さんのイメージをお借りした。イマジナリーフレンドのクレオも同じ声で、同じように声帯模写ができる。自分のアイデンティティの一つのようで、声を褒められると嬉しそうにはにかむ。
朗読を始めたきっかけは、ぼくの短編小説をふざけ半分で読んだのが最初だ。
『ずっと机に向かってるけど、何書いてるの?』
「…200字日記。憧れてる作家さんが小説の書き方で、まずは200字から日記を毎日書く練習を教えてくれたんだ」
『ふーん。…お、これ昨日魚釣りに行った話だ。おれ読みたい』
読んだ後が冒頭の会話だが、想像以上に上手かったからベタ褒めした。
クレオは褒められると伸びる性質で、調子に乗って朗読の世界に入り込むようになった。
クレオは声に感情が宿る。子どもでも老人でも、色っぽいお姉さんでも、どんなキャラクターでも生き生きと声を吹き込める。
声のテンポやリズムをとるのがうまくて、初見の文章でもよどみなく聞ける。
でも、上手いだけじゃない。
『“ぼくが理解できないだけで、きっと彼らは幸せなのだろう…。”…この文、読むとたどたどしくなるね。本当にこう思って書いてる?』
クレオが読むのを切り上げて、スマホに写る一行を指でなぞった。
「…うーん。いや。本当はそう思ってない。丸く終わらせて見せるだけの一文だな」
『だとしたら、お前の文章には入れないほうがいい。客観的な文体も大事だけど、テーマを伝える主観のパワーが削がれてる気がする』
「了解。じゃ、後で添削する」
ぼくは文の頭と結末に※印をつけた。
都度添削をしてると朗読しきれないから、気になる箇所だけピックアップする。
文章が未完成の場合、クレオは十全に朗読ができない。構成の整った文章はすらすら読めるけど、読みにくい文章は読みにくそうに読む。
多くの場合は文体が読むためのリズムに合ってない事が理由だ。
でも、言いにくいテーマに対して書き手のぼくが言い淀む時、クレオはすぐに見抜いてしまう。
『テーマを貫く物語を書きたい、って前にアケルが話してたから。だとしたら、読み手に伝わりやすくした方がいいよ』
書き手の意思を汲み取るのがうまく、編集として文章を推敲してくれるようになった。
編集の目(…もとい声)を養いたいからとぼくの文章だけでなく小説や評論、詩など、色々な物語を一緒に読むようになった。
この一年、ほとんどの読み物はクレオの声で聞くようになっている。黙読よりは時間も集中力もかかる。でも、クレオがひたむきに読んでいるのを聞くのが楽しい。
クレオの朗読を聞いてると、初めて読む物語に彼がどう反応するか感じ取れる。
主人公が自分の気持ちを叫ぶシーンは力がこもるし、不思議な世界の風景はじっくり味わうように語ったり。
読み手が、どんな文章にワクワクして楽しんでいるか、クレオを通して初めて知れた気がする。
文章を書くのは、極めて孤独な作業だ。
お絵描き配信など最近はイラストは作業を見せる人も増えたが、小説などはそうはいかない。
ぼくは読み手、というものを、初めて知ったのかも知れない。
イマジナリーフレンドは、出会った人間をサポートする。良くも悪くも、クレオはぼくが必要としてるから出会った。
出会った直後は、そこにいてくれるだけで嬉しかった。そばにいて、ぼくの手を握っていてくれれば、他に何もいらなかった。
大元はぼくが想像した声優さんへの憧れだけど、人間と同じように、続ければ続けるほど伸びる。得意なことが伸びるのは、ぼくも彼も、とても楽しい。
彼らのような存在は、人を助けることにどうしても縛られてしまう。
でも、クレオのしたい事でぼくを助けてくれて、さまざまな物語の朗読を通して、彼の世界が広がっていってくれたらいい。
そう願いながら、彼の『めでたし、めでたし』を聞いている。
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