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太陽を生きるハナシ(これまでの七年、これからの七年)

来年度のスケジュールがぼちぼち決まってきたので、バレットジャーナルにせっせと予定を書き写しております。

その空いた時間で、何ができるかな〜?どんな流れがくるのかな〜?

ごくごく軽い気持ちで、生まれたときの星の配置(ネイタルチャート)と星の経過図(トランジットチャート)と照らし合わせてみたら、とんでもないことになりました。

思いっきしわたしの物語ですが、

 ・星とともに働くことに興味がある人
 ・太陽期(25〜35歳くらい)を過ごしている人

には、楽しんでいただける内容かな?と思います。

興味のある方はぜひこの先も読み進めてみてください◎

ちなみに、太陽・MC・水星・冥王星が蠍座な人です。

生き方・働き方が問われる年

今年の三月中旬から来年の一月頃まで、

トランジット土星がネイタル太陽&MCとスクエア(90°)

という時期がやってきます。

つまり、「それって本当にあなたが欲しいものですか?」「何を大事にしたいんですか?」「二位じゃだめなんですか?」と、土星先生に試されるような出来事が起こりそうなんです。

具体的には、わたしに対して権限を持っている人(親、上司、役人など)との関係が厳しくなるとか、周囲からの反対という形で自分の目標を再確認せざるを得なくなるとか。

しがらみを断ち切るアクションが必要になることも考えられます。

とにかく、「手放し」ですね。手放しのポイントは、

順調でないもの、健康でないもの、建設的でないもの

だそうです。

言い換えると「私生活と仕事とのバランス」の見直しですね。最近考えていることに近いです。

土星先生の言うことにゃ「方向転換するなら今のうち」ですし、良くも悪くも、そのプロセスに関しては木星さんの援護射撃もいただけるのだとか。

焦らず、落ち着いて、チャンスを活かしていきたいです。

七年前のわたしから

この時期、具体的に問われるのは「七年前に新しく始めたこと」の真価。

七年前といったら2014年頃。太陽期のはじまる25歳頃!星的には、土星がネイタル太陽とコンジャンクション(0°)で重なっていた時期です。

そこで、もしかして?と探してみたら、2014年の日記を発見しました!

まさかの、手書きで日記をつけていた時期でした。自分のマメさにびびりますわ〜。そして、書いてあることもなかなかすごい!!

七年前の試練〜太陽期の幕開け〜

まず、2014年頃の大きなトピックといったら、絵画療法士(アートセラピスト)の認定を受けて、活動をはじめたことです。

月光荘の画材、お気に入りでした。

アートセラピーといっても、治療的に使うか、レクレーション的に使うか、教育的に使うか。活かし方はその人次第です。

当時、自分のことがまだよくわかっていなかったわたしは、まずメンタルクリニックのグループワーカーへの扉をたたきました。

いや〜〜〜、すごい大変でした!!今から考えてみれば、病院で働く器でも、人の支援ができる器でもなかったです。どう考えても向いていませんでした。

結局、半年ももたずに、迷惑のかかる辞め方をしてしまいました。

それからは「働くこと」への挫折感・敗北感でいっぱい。おそろしく自己評価が下がりました。大袈裟でなく、毎日犯罪者のような気分で暮らしていました(笑)

一方、プライベートでは、嫁姑関係で悩んでおりました。年の差婚だったので、相手のお家との世代間ギャップがすごかったのです。新しいものや、とんがったもの、それでいてフラットな関係性が好きなわたしには、ちょっとした会話にも難しさを感じていました。

仕事にプライベート。いろいろな課題を考えるうちに、

自分の価値観というものがはっきりしていないし、ちゃんと表現していないから、魂が求めていないものとたくさんつながってしまっているんだ。

と気がつきました。それじゃあ、うまくいくわけがないし、自分を好きになれるわけもないですよね〜。

この辛い時期、支えになったのはプライベートな人間関係です。

当時、上司・組織・古い意味での家など、「これぞ社会」「これぞ前時代」なものとは全く折り合いがつかなかったのですが、大学時代の仲良し四人組や、前の職場で一緒だった同世代グループとは、とても心地よい時間が持てていました。

映画、音楽、文学などのカルチャーばなし。新しい生き方・働き方への模索。創造性を羽ばたかせること。そうだったそうだった、こういうのが好きなんだった!と、徐々に思い出していくことができました。

七年前にまいた種

それで、わたしは2014年にどんな新しい種をまいたか?

日記を読み返してみて、びびりたおしました〜〜〜。

Web発信を開始

これまでのつながりとは全く関係の無いところで自分を表現するため、ieniiruとしてWebサイトをつくり、Instagramを開設しました。

なんと、ここnoteに登録したのも、同じ2014年です!!!!!!すご〜〜い、そんなにメモリアルな年だったなんて。

Webサイトはサーバー移転に失敗して去年お空に返りましたし、Instagramはマイペースにやっていますし。今はnoteのアカウントがいちばんよく育っている状態です。

よく「noteをはじめて一年経ちました!」という記念投稿などを見かけると、はじめてから結果が出るまでが早くて、すごいな〜!と関心してしまいます。自分は三年も幽霊部員をやってしまって、えらい時間をかけてここまできたというのに。笑

選択と集中、コミット、勢い、行動力、大事ですね〜。

洋裁や編み物を本格的にはじめる

昔すぎてもう手元にないベレー帽

子どもの頃に好きだったことや「潰しのきく選択」の犠牲になったあれこれをやり直そうと思い、洋裁と編み物を本格的にはじめるようになりました。

当時、これが仕事の一部になるとは全然思わなかったです。作家とかには憧れたかもしれませんが。

手元にないパートII

七年前の君!今、週4〜5で自分のつくった服をバシバシ着回してるよ〜、子どもに手仕事をおしえてるよ〜〜〜!

短歌・童謡詩をつくることに没頭

穂村弘さんの著作にめちゃお世話になっていた頃

短歌の友人ができて、毎月、手紙を書くように短歌を交換していました。唯一の生きる術といわんばかりに、夢中になりました。童謡詩はプロの方に添削してもらえる講座を受けていて、これが仕事になったらいいな〜とうすぼんやり考えていました。

シュタイナー教育に興味を持ったのは、その数年後のことです。担任の仕事として「詩を贈る」があったときには、これだ〜〜〜!!!と思いました。

ちゃんと仕事になってよかったです。

ウクレレやアサラトに手を出す

そこまで重要ではないにしても、びっくりしたトピック。

ウクレレは、今では毎日のように使っている仕事道具ですし、アサラト(アフリカのハンディな打楽器)はウクレレほどではないにしても、大事にしている楽器の一つです。

当時、どちらも「ちょっと手を出した」程度で、むしろ挫折していたと思うのですが、今めっちゃふつうに仕事で使っているのが不思議でなりません。

これすらも、2014年にまいた種だったなんて。よく育ったな〜〜〜。

ちなみに「好きなものに関わり続ける仕事」がしたい、「大きい声が出せる環境」で働きたい、とも日記に書いてありました。特に後者はよくわからんけど、ちゃんと実現できましたね。

次のステップへの覚悟

振り返り旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。

当時のわたしは、自分が傷ついているからといって、たくさんの人に迷惑をかけ、傷つけてしまったと思います。そして、今もなお、クリアできていない課題、繰り返してしまっている課題があるでしょう。

あと数ヶ月もしたら、また土星先生の導きがはじまります。また痛いプロセスを経験するのかもしれませんが、振り返ってみれば、その痛み以上に、実ったこともたくさんあると思えました。

次のステップについても、ど〜んと構えて、積極的に乗り越えて行こうと思います。

おまけ:当時読んでいた生き方系の本

たくさんあるのですが、日記を読み返していてパッと目についたものだけご紹介します。

◎働かないって、ワクワクしない?

もう、雇ってもらって働くのは無理や!と悟って手に取った本です。「テレビを見ない」などを、さっそく実践してみてたのが懐かしいです。

◎ずっとやりたかったこと、をやりなさい

モーニングページ&アーティストデートを実践しまくりました。今となってみれば、めちゃめちゃ効いたってことですね。

「創造性」を活かして生きたい、人の創造性を開くお仕事がしたい、創造性豊かな世界であってほしい。そう思って、めぐりめぐって、今の仕事があると思います。


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