Family.30「シン・吉村家(移転後)」になろうよ
あらすじ
「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。
“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。
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家系ラーメンとは?
総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。
いつもの駅のいつもの改札のいつもの場所には、知らない女性が立っていた。
いつにも増してオシャレしたであろう彼女は、どんな気持ちでどんな人を待っているのだろうか。かつて道助を待つ為だったはずの定位置は、今は他の誰かの特別な場所へと変わっていた。
そんな幸せの残り香を感じながら、自分がこの世界から置いていかれている感覚に囚われる。目的もなく流されているのかも知れない。
街も人も変わっていく。それはとても恐ろしいスピードで。
横浜のダイエーはでっかいショッピングモールになり、ビブレの横にあった屋台は何処かへ行き、桜木町のグラフィックアートは消え去った。
初恋のあの子はどこか遠い街に引っ越したし、親友だったあいつは学校に来なくなり、家族は夢を叶えた後のドラゴンボールみたいにどこかへと散らばった。
物理的に離れてしまった事もあれば、自分の感情がどこか遠くへ引っ越してしまう事もある。
昔刺さりまくったあの小説を読み返しても凪で、昔泣きまくったあの映画の2周目はひどく退屈だった。
人の感情なんて四季と同じくらい移り変わる。全ての物事は表裏一体。いや、隣同士で共存しているのだ。何処かに行ってしまったのではなく、ただ単にバトンタッチしただけ。
自己表現の苦手な人が繊細な人間であるように自由の隣には孤独が潜み、愛の横には憎悪が顔を覗かせている。ちなみにグリの横にはいつもグラがいる。
あんなに好きだった女の子もどこかへ消え去ってしまった。きっとどこかで元気に生きているのだろうけど、あたしの中では死んだのだ。もうこの世から居なくなったと思っている。
LINEのトークはどんどん下がり、楽しかった記憶と言葉たちが遺物となって埋もれていく。思い出は美化されずただただ燃え殻だけが残った。
家長道助の「ラブ」の隣には「殺(さつ)」が居たようで、洋次郎みたいな事を言うと「血反吐吐く君が助けを求めたとてヘッドフォンで大好きな音楽を聴きながら溢れた腑で縄跳びをする」くらいの感情だ。
分からない人はバットマンの「ブルース・ウェイン」やスターウォーズの「アナキン・スカイウォーカー」みたいだと思ってくれて構わない。ダークサイドに落ちたのだ。
けれど「ラブフォーエバー!お前の事がずっと好き!」だなんて、年柄年中ずっと雨季みたいで嫌だけどね。永遠なんてない、幸せは刹那的だ。
それでも変わりゆく移ろいの中、普遍的な物もある。
「絶望」の横には「希望」があって「不幸」の横には「幸福」がある。そして「東京」の横には必ず「横浜」があった。
幸せの残り香をかき消すように、豚骨の香りを求めバトンタッチ。早歩きで最寄りの駅に行きSuicaをタッチして電車に乗り込む。
何も変わらない。いつも通り。きょうも『吉村家』には行列が出来ていた。
原点にして頂点 家系総本山「吉村家」
東京よりやや西、潮の吹く港から生まれたこの文化を生み出した家系の祖。それが『吉村家』である。
そんな『吉村家』は新杉田の地で誕生。1999年に横浜へやってきて、2023年ご近所ではあるが2度目の移転を果たした。
非常に残念ながら以前『吉村家』があった場所はバーに変わり、岡野の交差点にあった『横濱家』は味噌ラーメン屋になって、『本牧家』があった場所は豚山に変わっている。ダムアス。勝手にバトンタッチすんな。
怒りを覚えながらシン・吉村家を見上げる。かなり綺麗な外観に麺食らう前に面食らう。
平日の16時にも関わらず30分待ちの札が下げられている。さすがだ。気持ちを新たに変わる事のない行列の最後尾に並ぶ。
以前『吉村家になろうよ』でも同じ事を書いたが、有名だから行列が出来ているのではなく本当に美味しいから人が集まっているのだ。誤解なきように改めて言及しておく。
家系小説を読みながら対面までの時を過ごす。以前の『吉村家』超直系『厚木家』と同じく一回で10人程度入れる「ワンロットシステム」をここでも採用しており、きっかり30分で店内へ。ディズニー並みに正確な時間設定に思わず笑みが溢れる。
二階席も稼働していたが、1名のあたしはカウンター席に通される。ありがたい。目の前で純白の戦闘服を纏った家系職人の技術を拝見させてもらえる。まさしくパレード。ここがイエリストにとっての特等席だ。
だがミノル・ヨシムラ氏の姿を拝めなかったのは残念だった(今は仕込みだけなのだろうか)
カウンターに家系アイテムである「プラスチック食券」を置き、丁寧にお好みを聞いてくれる職人さんにオーダーする。
するとどうだ?あっという間に目の前に極上の一杯が運ばれてくる。カタメだとしても早すぎるだろ。
ま、まぶしいッ…
致死量の油がテリテリと輝いている。
アブラカダブラ。家系の呪文を唱える。
まるで魔法にかけられたかのように幸福感に包まれる。
なんたる美味しさだろうか。
「刃牙範馬」並みの「ガチ油」に一発KO。
これが『吉村家』のオオメだ。
意識が朦朧とする中、緑色の「行者にんにく」と「にんにくチップ」をふんだんに入れる。
命は果てるもの。花は枯れるもの。愛は絶えるもの。
家系は食べるもの。にんにくは混ぜるもの。にんにくチップは掛けるもの。
そう、あたし、幸せだもの。
すでに絶頂を迎えたあたしは、そのまま麺を喰らう。
プルルンッッッッッッッッッッッ!!!!!
ヂュルンッッッッッッッッッッッ!!!!!
摩擦レスで唇を通り抜けた。こんなノンストレスで凹凸のない麺は未経験だった。本当に酒井製麺かと思うほどのクオリティ。
「サカイ・ゼログラビティ」
なんだか初めて女の子とキスした時の事を思い出す。
一本一本が飛び込みの選手のように胃の中へと吸い込まれていく。まさしくスプラッシュマウンテン。
やはり『吉村家』は誰も辿り着けない境地に達している。
ライスに乗せられた「おしんこ」に始まりの歴史を感じる。ここが家系の原点。みな『吉村家』の背中を見て育ったのだ。
『本牧家』『寿々㐂家』のたくあんもここから。武蔵家系譜の「かっぱ」もそうだ。
奇しくも2024年の今年は「50周年」紡がれた歴史に思いを馳せながら、スモーキーな玉子を頂く。2個頂く。
ぐちゃぐちゃにもする。
チャーシューと柔らかくなったにんにくチップも乗せる。
もう、天晴れだ。
高校野球で言うと大阪桐蔭みたいな【海苔・味玉・スープ・麺・油】全てのクオリティーが高い。
移転してなお変わらぬ味を提供してくれている。原点にして頂点とはこのことだ。
昔からある「お持ち帰り野菜」を手に取り、シン・吉村家を見上げる。
横浜で食べる家系は最高に美味い。
横浜の空気と共に食べる家系に東京の家系が勝てる訳がないのだ。
「ラブフォーエバー!お前の事がずっと好き!」
――――――吉村家に恋す我が。永遠に。
こうして【吉村家(移転後)】が道助の家族になった。幸せになろうよ。
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