見出し画像

Family.2「吉村家」になろうよ

あらすじ

「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。

“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。

まずはこちらから↓

家系ラーメンとは?

総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。


 公園で手を繋ぐ親子を見て「こんな過去もあったんだな」一人呟く。記憶の奥底に閉まったかつての幸せを強い日差しが刺激する。溶けそうなアイスを咥え、慌てて木陰へと移動した。

 家長道助は、自分には無い「世間一般の幸せ」を感じ、少しばかし胸を痛める。味のしなくなったアイスの棒を噛み砕き、別に欲しくは無いしなと強がってみせた。ノスタルジックな気分なのは、きっと夏のせいだろう。

 道助は今、家族の繋がりを一切持っていない。それでも父方の祖母とだけは毎年連絡を取っていた。両親が元気かは知らずともばあちゃんが異常に元気なことは知っている。80歳を超えてもなお車を乗り回し、カラオケでbacknumberを歌い、回転寿司では10皿を平気で食べる。確か去年電話した時は、サイドカー付きのバイクで全国一周するのが今の夢だと話していた。嬉々として夢を語るばあちゃんに「とりあえず車の免許返納しろよ。」と言ってやりたかった。

 遠くの方で子供の喜ぶ声が聞こえ、訪れる事のない幸せを再び一瞥する。さっきの親子だろうか。もしかしたら今日は外食に行くのかも知れない。久しく誰かとご飯を食べてない男は、蒸されたポケットからスマホを取り出す。メモにある「幸せ家族計画」をタップし、巡るべき家系を模索し始めた。

 ばあちゃんと連絡を取っているのは家系と同じく、祖先を大切にしているからだと道助は思っている。

 愛を紡いだ結晶が【家族】で、味を紡いだ結晶が【家系】。どちらも奇跡の上で成り立つ。だからこそあのお店を訪れなければならない。

家系全ての始まり。総本山【吉村家】

 この名前を知らぬ者は家系界では確実に潜りだ。創造主であり生ける伝説、吉村実。この方が存在しなかったら横浜市の「住みたい街ランキング」は、余裕で圏外だったであろう。

 家系のみならずラーメン業界のレジェンド。歴史を変えた革命児である。グッチオ・グッチ、ココ・シャネル、ミノル・ヨシムラだ。

 そんな吉村家は、オープンからクローズまで行列が絶える事ない1日1500杯近いラーメンを提供しているモンスター店。若干観光地化している部分もあり、どこでも家系を食べられる横浜出身者にとっては、逆に行かないのだ。道助と同じ気持ちの同郷も多いと思う。

「ただ家系ラーメンの発祥なだけで、本当に美味いのか?」

 炎天下の中、行列の長さに辟易し、道助の中でネガティブな感情が支配する。

 真紅のカウンターに置かれる漆黒の器。黄金に輝く豚骨醤油スープ。威風堂々と君臨する「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピング。これが全ての始まり。

 濃厚なスープを一口飲み、ようやく伝説の幕が上がる。そして酒井製麺を啜ったこの瞬間を境に、先ほどまでの考えは見事に霧散した。

 ふわふわなパンケーキより甘い考えをビブ横にある川に投げ捨ててやりたい。なんならガンジス川みたく沐浴を始めたい。

 吉村家を食べていないイエリストは、お盆にお墓参りをいかないヤツと同じ。祖先を慮らないクソ野郎。道助は自分だけの家族を作ろうと、上っ面な家系巡りをしようとしている己の愚かさを恥じる。

 それでも吉村家は文字通り大きな器で受け止めてくれた。強くて濃い醤油が甘い考えを掻き消してくれた。繊細で重厚な鶏油が優しく包み込んでくれた。

「求めよ、さらば与えられん」家系の神様、ありがとう。


 吉村家を食べた事のない人も全国には未だたくさん居るであろう。「マリーゴールド」を聞いてからあいみょんを好きになった人もいる。世の中には遅すぎる事はない。出会いの順番は人それぞれ。今は簡単に時代を遡れる時代、今からでも初期の頃の曲を聴けばいいのだ。

「愛を伝えたいんだとか」を聞いて吉村家に恋焦がれても良い。吉村家と自分「ふたりの世界」に浸り、いつまでも青春をエキサイトメントすれば良い。地方の人は「夜行バス」に乗って横浜に食べに来たって良い。

 大丈夫。君のアイスクリームが溶けたって吉村家は逃げない。いつだっていい。今だっていい。吉村家の「tamago」を食べて「いいことしましょ」そして家系の「貴方解剖純愛歌」をみんなで歌おう。

 中には吉村家を否定する人もいるかも知れない。有名になれば敵も増える。「憎まれっ子世に憚る」そう、創始者はきっと全てを受け止めてくれる。

 まるで実家に帰ってきたかのような温もりと安心さだった。家系ラーメンに抱きしめられ多幸感に包まれながらふわふわした足取りで店を出る。するとこんな言葉が飛び込んで来た。

お客様は我が味の師なり

吉村実

 感謝の気持ちを込めて、人目も憚らず深くお辞儀する。吉村様は、我が家の血なり。

 伝統を重んじる、家を、味を、継承していく。これが家系ラーメン。

 愛を紡いだ結晶が【家族】で、味を紡いだ結晶が【家系】。

 それだけでなく、そこには大きな愛も紡がれていた。愛を紡ぎたいんだとか。

 君が家系なんか食べないこと知っているけど豚骨のように寄り添って欲しくて家系なんか食べないと思うけれど、僕はこんな豚で、あんな豚でにんにくを入れ続けてきたんだ。


 こうして【吉村家】が道助の家族になった。幸せになろうよ。


この記事が参加している募集

#おいしいお店

17,811件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?