Family.4「末廣家」になろうよ
あらすじ
「100年経っても好きでいるよ」
醤油でも味噌でも塩でも豚骨でもない。
横浜豚骨醤油に心奪われた男、家長道助。
“家系を食べる=家族を増やす”
ことだと思っている孤独な男の豚物語。
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家系ラーメンとは?
総本山【吉村家】から暖簾分けを経て“家”の系譜を受け継ぐ、伝統文化的ラーメンであり横浜が誇る最強のカルチャー。大きく分け【直系】【クラシック系】【壱系】【新中野系武蔵家】4系譜。鶏油が浮かぶ豚骨醤油スープに中太中華麺「ほうれん草・チャーシュー・海苔」の三大神器トッピングを乗せた美しいビジュアルが特徴。また「麺の硬さ・味の濃さ・油の量」を選択する事が出来、好みにもよるが上級者は「カタメコイメオオメ」の呪文を唱えがち。
約、何年経ったろう。古ぼけた商店街は、いつもぬか漬けの匂いがする。お婆ちゃんの家のような、とにかく年季が入った独特の香り。道助は久しぶりに東京よりやや西に位置する横浜にある白楽駅に降り立っていた。
自分の街じゃないからこそ騒ぐモラルない大学生。いつのかにか業態チェンジする骨格ない飲食店、昼過ぎには営業を終えるどっか暗い雑貨屋。何か変わったようで何も変わらない街、六角橋。その普遍さは、どこの地元も同じかも知れない。
こっちに戻ってくる用事は、家系を食べる事くらいしかなくなっていた。22歳で東京に出た道助の帰るべき実家は横浜にはない。その事実が少しだけ心をささくれ立たせる。地元に友達は居るが、30歳にもなると気軽に誘いづらい。もう学生じゃない僕たちは、それぞれ自分の生活があってその日の計画がある。あんなに早く大人になりたいと願ったこの街で、大人になってしまったジレンマを感じる。見上げていたはずの肉屋のショーケースも今じゃ見下ろすほどになっていた。
メイン通りを避け、商店街の中を歩く。あの匂いが強くなる。何となく誰とも会いたくない気分だった。しかし、最後のアーケードを超えた辺りでヤンキーだった兄の同級生と遭遇する。表通りから行けば良かったと、ひどく後悔した。まさか元ヤンが商店街で野菜を選んでるとは思うまい。
ベビーカーで子供をあやしながら、未だに細い眉毛の先輩は「3年前に結婚した兄の子供がそろそろ生まれる事」を教えてくれた。
―――――結婚してたんだ。
昔は持っていた結婚願望も無くなった弟は、届かないと理解しながらおめでとうと、心の中で呟いた。
当たり前にみな自分の血を分けている。元ヤンだってイクメンになる。自らの家族を守る先輩を見て、逞しく思うと同じくらい子供もヤンキーになるんだろうなと思った。きっと血は争えない。そしてここも同じ、最強の血を受け継ぐ名店だった。
総本山吉村家の直系「末廣家」
ラーメン激戦区、家系激戦区。商店街を抜けた道助は複雑な思いで末廣家の看板を見つめる。
かつて六角家があった街にある王道の味を提供するこの店は、道助が愛した六角家が潰れた原因の一つに挙げられていた。
スター・ウォーズで言う所のオビワンの敬愛する師匠「クワイ=ガン・ジン」を殺したダース・モールと言ったところか。
V字の形をしたカウンターに座り、駄菓子屋か家系でしか見た事ないプラスチックの券を横浜ギャル系譜の女性店員さんに渡す。好みを聞かれ当たり前に「固めで」と伝えた。
黒Tに白文字、捻りハチマキスタイルの大将が特殊技術の平たい網で麺を引き上げる。美しい所作だった。
家系の相棒である「ライス」が届き、後を追うように黒い器が眼前に置かれる。強いビジュアルだ。
スープを一口飲む。尖った醤油が全身を突き刺す。
「I am your father」
そんな言葉が脳内で聞こえる。ダース・モールじゃなかった。父だった。それはそうだ。ここは総本山「吉村家」の最強DNAを受け継ぐ家系。直系の血は争えない。美味しすぎてベイダー卿より呼吸がしにくくなる。いい意味で贅沢病だ。
続けて酒井製麺を啜り上げる。濃い醤油に負けない麺の存在感。口の中で美味さが暴れ回り、広がり続ける。見た目だけでなく、味も強い。
さらにSmokeされたチャーシューはとても力強かった。マッチョなチャーシューだった。モモなのにしっとりとし、柔らかい。一口ごとに、豚のBeats & Rhymeが響き渡る。まるでハマの大怪獣。だから I LOVE YOU。気付いたら箸とレンゲが口元だぜ。
そして道助は、器から溢れ出たチャーシューがあの諺を体現している事に気が付いた。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
末廣家のチャーシューは溢れ出ているのではなく、稲穂のように頭を垂れているのだ。それはまさしく直系の味を守り続ける家系職人の矜恃を現していた。
胡坐をかくことなく謙虚な姿勢でオリジナルの味を追求し続ける求道者。毎日毎月毎年、土砂降りでも寄り道せず、こだわりを持ってここ「エリア045」で、ただ前進毎日無い道を歩んできたのだ。
何かが終われば何かが始まる。道助の家族は終わったまんま。それでもこうして家系を巡る事で新たな家族の形を探してる。
変わらない街。変わらない味。変わってしまったのは大人になった自分だけ。黒歴史を過ごした地元を少し好きになれた。末廣家がダークサイドに落ちそうな道助を救ってくれた。
Hoodを大切にしようと思える至極の一杯。045スタイル。直系スタイル。もちろん道助は六角家も愛してる。初恋の思いは胸に仕舞い込んで。
こうして【末廣家】が道助の家族になった。幸せになろうよ。
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