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【JICA Volunteer’s Next Stage】ウズベキスタンで多様な価値観を実感―60歳過ぎから踏み出した新たな一歩

☆本コーナーでは日本で活躍するJICA海外協力隊経験者のその後の進路や現在の仕事について紹介します

豊島 幸雄さん
●出身地 : 東京都
●隊 次 : 2018年度4次隊
●任 国 : ウズベキスタン
●職 種 : マーケティング
●現在の職業 :PwC Japanグループ 特別顧問


真のニーズを見極める
 国際協力機構(JICA)海外協力隊(JOCV)の中にはシニア海外協力隊というプログラムがある。これは一定以上の経験や技術が求められる案件で、自らの経験を社会に役立てたいと希望するベテランが参加する。豊島幸雄さんはその一人で、新卒から約40年働いた(株)日立製作所の任期満了を待たずに退職し、シニア海外協力隊に参加した。赴任国のウズベキスタンでは経営大学院の教授として事業戦略とマーケティングの授業を受け持ったが、1年後にコロナ禍により退避帰国を余儀なくされた。同国の学期末の7月まで遠隔授業を継続した後、40年ぶりとなる就職活動を経験。就活中は未知の業界を知ること、自分自身の市場価値を改めて評価することを素直に意義深く感じたという。20社以上を受け、これまでとは異なる業種で仕事をしたいとJICA青年海外協力隊事務局への入局を決め、JOCV育成プログラムなどを担当した。その後、現在の職場であるPwC Japanグループで勤務している。
 同グループは、監査のほか法務、税務、M&A、戦略、IT、人事、オペレーションの領域のコンサルティングなど幅広い分野で専門的な支援をするプロフェッショナル・サービス・ファームで、豊島さんは特別顧問としてコンサルティングやM&Aの分野を中心にサポートしながら、同グループの顧客とのより広く深い関係を築くことに取り組んでいる。豊島さんは「コンサル業務で不可欠なのは信頼の構築だ。顧客の課題を吟味した上で、より専門的な付加価値の高い提案を出すことが求められる」と話す。今の仕事にJOCVの活動が通じることもあるという。「JICAから派遣前に協力隊への要請内容を聞いていたが、実際に現場に行くとさまざまな課題が見えてくる。たとえば、私の場合は『ウズベキスタンでは国家が主体の統制経済から市場経済への移行を目指しており、政府機関や大手国営企業から経営大学院に派遣された幹部候補に欧米日のビジネスを教えること』がミッションだった。現場を見てからこれをひも解くと、教育のほかに国営企業の民営化や外資誘致によるビジネス環境の変革が真のニーズだと気付いた。このように企業や組織の置かれた社会を調査・分析した上で何を優先事項にするか、何が社会全体の持続可能な利益につながるかを考えることが今の仕事でも必要だ」。


ウズベキスタンの経営大学院でマーケティングの授業をする豊島さん=豊島さん提供


新たな発見と社会貢献がモチベーション
 同僚の方に話を聞くと、豊島さんは頼れる力強い存在であるとの声が聞こえてきた。日立時代から豊島さんのことを知り、現在は同グループで一緒に働くパートナーの岩嶋泰三さんは、豊島さんを「顧客企業を内側から見ることができる人。われわれは外から企業を見ることが多いが、豊島さんの存在によって新たな視点が得られる」と評価する。マネージャーの藤田真由美さんも「さまざまな経験から枠を飛び出た考えを発してくれる」と話す。
 長年の経験から培ったビジネス力が豊島さんの核となり、評価を得ているのは間違いないが、JOCV経験も生きているに違いない。豊島さん自身、JOCVでは価値観についての学びを得たという。「派遣前訓練および現地で若い隊員と活発に意見交換したことやウズベキスタンの日本とは全く異なる文化を知り、価値観の多様性に寛容になった。さまざまな人・社会の存在を知った上で広い視野と長期的視野、そして鋭い洞察力をもって課題解決への戦略を考えられている」。JOCVを通じた、多文化・多世代の人々との交流が豊島さんの人間力に磨きをかけたと言える。
 60歳を過ぎてからも新たなことに取り組み続ける豊島さんのモチベーションは、新たな発見と社会貢献だ。「これまで国内外の多くの人から学んだ見識やスキルを今度は自分がそれを必要とする次世代の人と共有したいと思い、JOCVに参加した。自分の経験を広めることが社会貢献につながればうれしい」と話す。だが、新しいことを始めるのには苦難も伴うものだ。豊島さんの苦労を聞くと「新しいITシステムや社内ルールに慣れることだ」と苦笑する。それでも「新しいことを勉強し、挑戦し続けることで社会を少しでも前に動かしていると実感したい。何かしらハードルがあった方が喜びも大きい」と前向きだ。
 自分が長く勤めた組織の文化・価値観・考え方こそが常識とも捉えがちだが、その常識が通じない未知の世界に飛び込んだ豊島さんからは相当な覚悟が伝わってきた。どんな環境も恐れず、むしろわくわくしながら今を送るそのバイタリティーを見習いたい。

(本誌編集部・吉田 実祝)


経営大学院の入学式に 出席した豊島さん(右端) =豊島さん提供
PwC Japanグループで同僚とミーティングをする豊島さん

本記事掲載誌のご案内
本記事は国際開発ジャーナル2023年3月号に掲載されています。
(電子版はこちらから)


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