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【寄稿】サブサハラアフリカにおける「栄養に配慮した農業」

ササカワ・アフリカ財団の取り組み

パーマガーデン(後述)の野菜を誇らしげに見せる
エチオピアの女性農家

アフリカの伝統的な農と食とは

 日本では米と大豆(味噌、醤油など)、中米ではトウモロコシとフリホール豆(インゲンマメ)、南米の高地国はトウモロコシとジャガイモというように、世界の伝統的な食事の多くはその地域の風土によって穀物と豆類・イモ類が組み合わせられることが一般的である。これはその地に住む人類が長い歴史を通して、生存に必要な農と食のあり方を、自分たちの身体を使って実験してきた結果とも言える。
 アフリカでは1492年の新大陸「発見」以降、トウモロコシ、キャッサバなどが導入され、それまでとは異なる穀物やイモ類が広く栽培されるようになった。これはアフリカ原産のミレットやヤム類よりも収量が多く、導入直後は病虫害も少なく、比較的短時間で定着したと考えられる。また、植民地時代には欧州から小麦(パン)と肉の食事が広まり、近年は他地域と同様にファストフードやスナック菓子が輸入されている。
 アフリカで栄養問題に取り組むうえでは、現地のこうした農業と食の歴史をまず理解する必要がある。

脱穀機によるトウモロコシ脱穀作業
(マリ・モンゾンブレナ村)

SAAの「栄養に配慮した農業」

 ササカワ・アフリカ財団(SAA)は、こうした歴史を踏まえた上でアフリカの小規模農家の「食料・栄養・所得」の安全保障の向上のため、5カ年戦略(2021~2025年)において「環境再生型農業」「栄養に配慮した農業」「市場志向型農業」の3つを重点分野として掲げている。エチオピア、マリ、ナイジェリア、ウガンダに現地事務所を置き、現地の農業普及員や小規模農家を対象に研修やデモンストレーション圃場を通じた技術普及に取り組んでいる。
 一般に、「栄養に配慮した農業」は、栄養失調(たんぱく質、脂質とデンプンの摂取量とバランス)と微量栄養素不足(ビタミン類、鉄分、亜鉛など)の克服を目的とした栄養豊富な食品、食の多様性および食品栄養強化を中心に置いた、食品ベースの農業アプローチを指している。一方でSAA では、「アフリカの小規模農家が直面するバリューチェーンの重要課題」にも焦点を当てた以下の3要素で構成されている。
(1)生物学的栄養強化作物の栽培促進と作物多様化の推進
 生物学的栄養強化作物(Biofortified Crop)とは、作物の微量栄養素含有量(主に、ビタミンA・鉄分・亜鉛など)を高める、従来型の育種手法によって育成された農作物のこと。SAAは生物学的栄養強化作物の育種・開発を国際的にけん引してきたHarvestPlusとパートナーシップを締結している。この連携により、ビタミンAを強化したトウモロコシ、キャッサバ、サツマイモや、鉄分を強化した豆類などの生物学的栄養強化作物の栽培を促進し、作物の多様化を通じて消費される食品の栄養価を向上させている。
 また、エチオピアでは庭先に天水を活用した菜園、パーマガーデンを設置し、栄養価の高い野菜を年間通して生産することを支援。家庭における食料供給と栄養価の向上を念頭に、レタスなどの葉菜、赤カブなどの根菜、トマトなどの果菜を組み合せて有機栽培し、農家自身の栄養を改善し、余剰生産物はコミュニティ内のマーケットで売り、農家所得の向上にもつながっている。

エチオピアの首都アディスアベバ・レミクラ区の
パーマガーデン
鉄分強化豆を手に笑顔のウガンダ農家
ジョイ・カンシイメさん

(2)収穫後処理の改善
 アフリカの小規模農家においては、穀物の収穫とその後の処理はいまだ手作業が多く、時間がかかる上、輸送や貯蔵中に品質が低下し、栄養価の低下とフードロスの大きな原因になっている。そのため、SAAでは現地で製造可能な簡易な小型収穫機や脱穀機の導入を図っている。導入には、地域の若者たちがそれら機械の製造・操作を担えるようにワークショップや研修を行い、彼らが機械のオーナーとなって、移動式の収穫・脱穀・運搬サービスを適正価格で提供できる仕組みを提案し、収穫後処理の改善だけでなく雇用の創出にも貢献するなど、地域全体の利益につながるように工夫している。
 また、ネズミや害虫による貯蔵中の食害も大きな課題となっており、密閉式の穀物貯蔵バック(PICS:Prude Improved Crop Storage)やアルミ製の貯蔵タンクの導入を進めている。これにより長期間の品質維持も可能となり、農家が穀物相場を見ながら、適切な時期に販売できるようになり、収入増につながっている。トウモロコシなどの貯蔵中に発生するカビ毒であるアフラトキシンは、ウガンダをはじめ多くの途上国で深刻な健康被害をもたらしており、適正な収穫後管理に関する研修を通じ、食品の品質、安全性を高め、ロスの削減に貢献している。

エチオピア パーマガーデンで獲れた野菜用の
簡易保冷庫を説明する夫婦
パーマガーデンで収穫した野菜を販売する女性農家
(エチオピア・ケレキチョ村)

(3)栄養教育の推進
 食材が限られ、動物性たんぱく質も不足がちなアフリカの農村部では、地元で入手可能な材料を利用してバランスの取れた食事を摂ることが、家族の健康と、病気の予防につながる。特に子どもたちの健康のためには、親が子どもたちの栄養や発育に関する正しい知識をもつことが重要である。SAAは乳児や授乳中の女性向けの栄養価の高いレシピや補完食の導入など、栄養教育も推進しており、栄養バランスの取れた離乳食の普及にも力を注いでいる。例えばトウモロコシのお粥に大麦麦芽を混ぜることで、トウモロコシに不足する必須アミノ酸であるトリプトファンやリジンを大麦麦芽で補うなど、離乳食として栄養価の高い組み合わせを提案してきた。

地元食材によるバランスのとれた食事の研修
(マリ・ダンコウマニ村)

栄養バランスを分析し、作物の多様性を図る

 SAAはこれまで現地食材を活用した料理を元にした世帯食事多様性スコア(HDDS)の向上を一つの指標として「栄養に配慮した農業」を推進してきたが、より深刻化する栄養問題を踏まえ、次のステージとしては本当に栄養学的にバランスが取れているのかを分析し、食材の組み合わせをさらに工夫する必要がある。また、市場には出回らないが、人々が昔から庭先で育ててきた伝統作物の再評価や、他地域から栄養価の高い作物(南米産のキヌアなど)の導入も検討し、作物の多様性を図りながら、栄養問題に取り組んでいく。
 世界中から多くの食材を輸入している日本は、世界一の長寿国でもある。食育をはじめ、日本の貢献が期待されている分野であり、第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)の開催も見据え、国内外の官民ネットワークの構築にも積極的に関わっていきたい。

販売用にパック詰めしたパーボイル米に笑顔を見せる
ナイジェリアの女性グループメンバー

・「現地からの声」は以下から閲覧できます。


本記事掲載誌のご案内

本記事は国際開発ジャーナル2024年8月号に掲載されています。
(電子版はこちらから

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