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#8 こもりうたは人類のぶっちゃけ音楽だった①

 こもりうたを <赤ちゃんを寝かしつける時に愛情たっぷりに歌われてきた癒しの歌]だと思ってきた1児の母が、現実の寝かしつけを知り「世界の寝かしつけがそんなに穏やかなはずがない」と疑いながら、研究家としてこもりうたの面白い小話を発信しているnoteです。
先読み+続編は本家のこちらより

「歌われざるものを歌う場所」
「悪魔を追い払う呪文」
「鬱憤をはらす労働歌」...

私の中のこもりうたの世界が、ぽつぽつと本音をこぼし始めてきました。
この「本音」は、大変価値のあるものです。
こもりうたは、もっと見直されるべき。そして、今の時代に必要な「何か」になる。その確信について数回に分けてお話したいと思います。

今回の記事では、こもりうたの深みを知って得た気づきについて。


それどころじゃない、と思っていた産後

独身時代からこもりうたに疑いをかけていた私(笑)。
というのも、機会があって友人宅で赤ちゃんと夜を共にしたとき、お土産に持っていった穏やかな音楽を渡すこともできませんでした。
過酷な現場に、綺麗な音楽が入る余地を感じなかったのです。

そしてその違和感は自分がその立場になったときも――――
音楽に頼る気満々で迎えた産後。
吐き気のする授乳の後、とても歌う気持ちにはならず、「私が気絶する前に早く寝てくれ」と願いながら揺れる時間。無心。
ヒリヒリ朦朧とした中、深夜のさみしい時刻を映すスマホから音楽を流す気持ちにもなれませんでした。

音楽がダメなわけではありません。流せば、歌えば、赤ちゃんは眠ってくれたかもしれません。母である私が、優しい気持ちを持ち込むのが難しかったのです。
もっと言うと、戦っている時に綺麗な音楽に触れることが怖かった。
イメージとは遠い世界にいることを見せつけられるようでした。

これが現実で大丈夫だったんだ

自分の中で乖離があり過ぎた、こもりうたの温かいイメージとハードな現実。本当は穏やかであるべきなのか?できないのは自分のせい?子供の個性?
昔の親子は超人だったならそうと言ってくれ...

でも今回、こもりうたと向き合い始めて分かってきました。

\こもりうたもちゃんと過酷だった/

世界のこもりうた、結構えげつない愚痴ばかり。赤ちゃんのため?いや、憂さ晴らしでしょ、とばかりに。
辛い、不安だ、どうかどうか、と願う切実さがひしひしと伝わる。
でも愛情たっぷりの優しい気持ちも嘘じゃない。(それも分かるー!)
でもただただ、いっぱいいっぱい。だから祈る、歌う。

ああ、そうだよね!(笑)今も昔も同じだ。これが現実で大丈夫だったんだ。
安堵と一緒に笑いが込み上げてきたことを覚えています。
綺麗なだけの音楽だと勝手に思い込んでいただけで、むしろこもりうたは私たちに一番寄り添ってくれる音楽でした。

次回、この気づきを経て考えた、こもりうたのポテンシャルのお話をします。


おすすめこもりうた

迷子だった産後の私に送りたい、まいごモンスターをなだめるこもりうた



浦上咲恵 Sakie Uragami
Sound Stylist 、こもりうた研究家

一級知的財産管理技能士(コンテンツ専門業務)、メンタルヘルスマネジメントⅡ種Ⅲ種。慶應義塾大学環境情報学部、同大学院 政策・メディア研究科修了。認知科学の分野で生活音を実践的に研究。
クリニック等のデリケートな音空間のデザインを積極的に手掛ける。視覚障害者向けの総合支援エリア「神戸アイセンター ビジョンパーク」の音空間創造を担当し、2018年度グッドデザイン賞を受賞。

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