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意思決定の構造と本質

Identity Academy 7期生 江口大志

人間には2つの人生がある。
そもそも1つしかない事に気づいた時、2つ目が始まる。

孔子

はじめに

僕は修士時代にIdentity Academyというコミュニティに出会って、元々就職する予定だったが、それを辞め、自分で会社経営を始める意思決定をした。

自分が尊敬する方々(上場企業の代表の方やスタートアップ経営者の方、投資家の方、一流企業に勤めている方など)にも反対の意見がある中、単なる学生起業ということではなく、キャリアを捨て、人生を賭けて創業することにしたのだ。
会社をやるとしても、一度就職してから、会社を始めた方が良い理由がいくらでもある。

なぜこの意思決定をしたのか?

そして、会社を進めるにあたっての、全ての意思決定の原理原則を形成するきっかけになったのが、このIdentity Academyで直面したことの中にある。

このnoteでは、自分がIdentity Academyをきっかけとした出会いの中で聞いた話や、それをきっかけとして考える中で見出した原理原則を記述しようと思う。

もしあなたが修士時代の僕と同じように、この一度しかない人生の中で、何かモヤモヤした違和感を抱えていたり、自分の人生について十分に考えられていないと感じるのであれば、このnoteがその一助になればと思う。

(他のIdentity Academyのnoteでは、活動の内容などについて詳細に触れられているので、活動の詳細が気になる人はそちらを参照してほしい。)

本当に意思決定をしたことがあるのか?

自分が大学時代を通じて痛感したことの一つが、自分含めて多くの人間はそもそも大きな意思決定をしたことがほとんどない、ということだった。

意思決定とは、何かを選んで何かを失うような選択を指す。日々の生活の中では小さな意思決定を大量にしている。例えば、どこでご飯を食べるかとか、何時に寝るかとかそういうことだ。

一方で自分の人生に関わってくるような大きな意思決定をするタイミングはほとんどない。
高校在学中であればどの大学にいくか?大学在学中であればどの企業にいくか?くらいで、3〜4年に一回しかない。

学生中に行われる意思決定のほとんどは、"加算的"で、大学ベースのカリキュラムの上に何を足していくか?という足し算的発想が多い。
でも重要な意思決定は、そういうタイプのものではなく、その意思決定を間違えれば何か大きなものが失われる引き算の恐怖を伴う。

そういう意思決定をしなければいけないタイミングはほとんどない(と思い込んでいる)。

だから、僕らは「意思決定能力」がほとんど鍛えられてないのだ。

大学受験や就活など、自分の能力を超えた大きな意思決定をしなければいけない機会に巡り合うと、ほとんどの人は次のアクションを取る。

①他の人の意思決定を模倣すること
②ランキングの最上位のものを目指すこと(競争上の上位を目指すこと)

①も②も本質的には同じ、「他の人が評価しているもの」を評価するというアルゴリズムだ。
つまり「他の人の意思決定」を真似する、ということだ。

これは実は本質的な意思決定ができていない。
自分の意思ではなく、他人の意思に委ねると、どれだけ論理的に決定しようとあなたの決定ではなくなる。

こうやって他の人に意思決定を委ねていくと徐々に意思決定への納得感が下がっていく。
常に重要な決断は、あなたの軸ではなく、他の人の軸に委ねる必要があるからだ。
そして「実質他人がした意思決定の結果」を自分が被ることになる。

・なぜ東大生の就職人気ランキングが常に変動していきその業界が落ちぶれていくとされるのか?
・なぜ株式市場でバブルが崩壊するのか?

両方とも本質的な原因は、意思決定を他人に委ねる美人投票にあるように思える。
みんな他の人の意思決定軸をたらい回しにするのだ。

「他の人が評価しているものを評価する」というのは投資の観点からも効率が悪い。
「他の人が評価している」のはすでに市場コンセンサスが築かれてしまっている状態であり、「安く仕入れる」ことができないからだ。

このことに気付くのがまず第一歩目だった。

Identity Academyで講師を務めるヘッジファンドのマネージャーの方やトレーダーの方々、経営者の方々も皆繰り返し、この点を警告しているように思える。
彼らは投資家でもあり、元々ゴールドマンサックスなどが日本でまだ全く受け入れられていない時代に、面白そうだという自分の情動を最優先軸に意思決定をしてきた人々だ。

「他の人が良いと言っているから良い」という奴隷から脱却し、「自分の頭で考える」のがスタート地点となる。

そして反直感的にも、市場はあなたが少数意見である限り味方であるのだ。

ソニーが明日倒産すると信じ込んで今日100株空売ったとします。もちろん、一日経っても倒産しませんでした。この人はとんでもない思い違いをしたことになりますが、損をしたのでしょうか? 
株価は上がったり下がったりするので、儲かったのか損をしたのかはわかりません。ただ、一つだけ確実に言えることがあります。この人が「間違って倒産すると思い込んでしまった」という理由では絶対に損をしない、ということです。損をしたとしたら別の理由で損をしたのです。 
あなた以外の人が全員正しく、あなた一人が大きな間違いを犯したとき、市場はあなたを罰しません。逆にその他の人が全員間違ってあなただけが正しかったときは大きく報います。市場は、あなたの意見が少数意見である限りあなたの味方です。

『わが投資術 市場は誰に微笑むか』清原 達郎著

自分軸で少数意見を持つことは、資本主義的にも割が良い。

では良い意思決定をするには、どうすれば良いのか?

意思決定と論理思考

君の立場になれば君が正しい。
僕の立場になれば僕が正しい。

ボブ・ディラン

論理だけで意思決定できない。
見落とされがちなのが、このポイントである。

たとえば、
「90%の確率で100億円儲かるアイデア」
「50%の確率で200億円儲かるアイデア」
が2択あらわれたとして、
「どちらの方が儲かる期待値が高いか?」という問いに答えることはできるが、「どちらを選ぶべきか?」はあなた次第になる。

より極端な例として、
「100億円儲かるアイデア」
「1000億円儲かるアイデア」
だったとしても、「どちらを選ぶのか?」は「あなたがどういう意志を持っているか?」に帰着する。

重要なのは、『論理的に考えると、100億円より1000億円儲かるアイデアの方が良い』のではない。
「100億円より1000億円の方が良い」とあなたが思うかどうかだ。

仮に「金額が大きい」とか「期待値が大きい」とかいう理由で決めたとしても、あなたがそういう意志を持っていたことになる。

論理思考は、前提が全て合っていなければ、正しい結論が出せない。
そして全ての前提となるのが「あなたがどう思っているか?」だ。
(デカルトも『方法序説』で自分が思っていることを第一原理とした。)

自分がなぜそう思うのか?を突き詰める必要がある。

そして、「どう思っているのか」を集めた束に、「アイデンティティ」という名前がついている。
意思決定にアイデンティティが必須なのはこのポイントである。

何かモヤモヤを感じているのであれば、それがあなたにとって、新たな意思決定を下すきっかけになる可能性が高い。
モヤモヤとは、「自分が思っていること」と「自分がした意思決定 / しようとしている意思決定」がずれている時に生じるからだ。

未来への不安とポートフォリオ

意思決定とは、常に未来に対して行うものなので、未来を予測しなければいけない。

未来に対して明確な道筋が描けている人であれば、意思決定を分散する必要がないので、ポートフォリオを組む必要がない。

逆に未来が不確実で不安定なものであれば、ポートフォリオにしたくなる。
「どれが来ても大丈夫」という感じに。

個人のキャリアなどに関しても、自分の経歴を長くしたり、自分のスキルやできることの幅を広げるためにいろいろやりたくなるタイミングがある。
それらは基本的に不安感の解消が主な原因だと思う。

自分の未来が不確実で不安になるほど、権威的な実績や他の人が賞賛するようなもので自分自身を「リスク分散」したくなる。

この原則は、金融資産に対しては成立するかもしれないが、人間の時間は同時並行で進めることはできないので、時間を費やすものに対してリスク分散をすることはできない。

資本主義の評価アルゴリズムも希少性であるため、いろんなことに少しずつ精通しているGeneral性を評価しない。
未来の資本主義もおそらく希少性を評価するであろうから、いろんなスキルやいろんな経歴を持っているあなたを評価しない可能性が高い。ずば抜けて何かができるあなたを評価するだろう。

現代の教育でもリスク分散を教えてしまっている。
何か一つの科目が他の人の100倍できても、東大には入れない。
文武両道、部活も課外活動も、何もかもいろいろできる人を評価する。

・「受験/教育ゲームの評価アルゴリズム」
・「会社員出世ゲームの評価アルゴリズム」
・「資本主義ゲームの評価アルゴリズム」
を正しく理解して、今自分がプレイしているゲーム、これからプレイしようとしているゲームの評価アルゴリズムが何なのかを理解する必要がある。

「ゲームをどう上手くプレイするか?」よりも「どのゲームを選ぶか?」で、ほぼ全てが決まっている。

他の人と違って正しい意思決定

採用面接でかならず訊く質問がある。「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう?
ストレートな質問なので、ちょっと考えれば答えられそうだ。だけど実際には、なかなか難しい。学校では基本的に異論のない知識しか教わらないので、この質問は知的なハードルが高い。それに、その答えは明らかに常識外れなものになるので、心理的なハードルも高いからだ。明晰な思考のできる人は珍しいし、勇気のある人は天才よりもさらに珍しい。

『ZERO TO ONE』ピーター・ティール著

良い意思決定(投資)とは、「他の人と違って正しい意思決定(投資)だ」とIAの講師陣は繰り返し主張する。
だが「他の人と違って正しい意思決定をする」という文言ほど、「言うは易し行うは難し」のものはない。

「他の人と違う」ことは簡単だ。
他の人と異なる選択肢はいくらでもある。

「他の人と同じで正しい意思決定をする」ことも簡単だ。
他の人がしている意思決定のうち、正しそうなものはかなりあるし、そもそも他の人がしている意思決定の多くは似通っていることがわかる。

でも「他の人と違って(後から)正しい(と証明される)意思決定をする」ことは、簡単じゃない。
自分は少数派でありつつも、結果として正しいことを予測していた、という状態にいかになれるか?

実は投資やビジネス上の意思決定に関わらず、研究、文学、芸術含め全ての創造性は、この「他の人と違って正しい」を追い求めているものだと思う。

例えば、研究の領域では、これを「一般性」と「新しさ」のトレードオフとして解いている。
ニュートンが発見した F = ma(万有引力の法則)は、圧倒的に一般性があるが、すでに多くの人が知っていて新しくない。逆に合気道の技の動きの一部だけを予測する研究は、新しさはあるが、一般性がない。

シリコンバレーの最も有名な投資家の1人、ポールグレアムはこれを「General and Surprising」というブログで記述している。このブログでは、「この世の中には汎用的で新しいものがほとんどない」としており、「ほとんどない」と「ない」の間には大きな違いが存在するとのことだ。

芸術作品も基本的には今までやられてないものの中で意味のあるものを模索して創造している。(だから歴史や文脈が重要になる。)

人が「面白い」と呼んでいるものも、このトレードオフをトレードオンにしているものだと思う。
あまり聞いたことがないが、役に立ちそうなものを見つけると、思わず「面白い」と思ってしまう。

ではこのトレードオフの構造を持つ「他の人と違って正しい意思決定をする」にはどうするか?

意思決定と情報

基本的に、意思決定の質は、その意思決定に関連する情報の量で決まる。

よって、あることについて、自分が持っている情報が相対的に偏るほど、そのことについて相対的に良い意思決定ができる可能性が増える。
このことをIdentity Academyでは「自分だけのシークレット」と呼ぶ。ピーター・ティールはこれを「隠れた真実」と呼んでいる。
『孫子』では、戦争とは情報戦だと説いている。自分が知っている「自分の情報」と「相手の情報」を増やせば百戦危うからずということだ。

情報を増やすという観点において、偏愛が重要性を帯びてくる。
自分が偏愛がある領域は情報の吸収効率が桁違いだ。

あなたにとっての偏愛は、「あなたが学位ととった領域」とは限らない。
「あなたが積極的に集めたいと思う情報」の量が多い領域だ。

思考は、ある情報から新しい情報を生み出すプロセスなので、思考すればするほど情報が増える。
「あなたがずっと思考できるくらい面白いと思えるテーマ」を選択すると、他の人よりも多くの情報を獲得できる。

だから「ずっと思考できるテーマ」「偏愛がある領域」「自分だけが手にする特殊な情報のある環境下」では、良い意思決定ができる確率が上がる。

これは「〇〇マフィア」と呼ばれる現象を説明することもできる。
PayPal出身者(PayPalマフィア)にはピーター・ティール、イーロン・マスク、YouTubeの創業者、LinkedInの創業者など大量の成功者が出ていて、彼らによって創業された会社の時価総額の合計はオーストラリアのGDPとほぼ同じだ。これほど創業者が偏在したのは、彼らの身体的な意味での能力が高かったのではなく、そこに偏在していた情報が、彼らの意思決定の質を明確に転換したと思われる。

自分の体感としても、成功は特定のコミュニティに偏在している。歴史を見ても、PayPalマフィアに加え、電波望遠鏡、トランジスタ、レーザー、情報理論、UNIXオペレーティングシステム、C言語などの発明と7つのノーベル賞を受賞者を輩出した「ベル研究所」、伊藤博文、山県有朋、高杉晋作など複数の総理大臣や獨協大学/國學院大学/日本大学/東京工業大学などを生み出した「松下村塾」などがある。
それはあるコミュニティで獲得できる情報が主な原因だと思う。能力はほぼ誤差かもしれない

意思決定とリスク

意思決定と必ずセットとなる概念が「リスク」だ。

リスクとは、情報の不足(から来る結果のボラティリティ)である。
情報が少ければ少ないほど、どういう結果になるのかが不確実になる。
逆に情報が増えれば増えるほど、どういう結果になるのかが確実になる。

世間一般では、リスクのことを不確実性のうちの下振れした結果のことを指していることが多いと思う。
けど原義では、上振れ(アップサイド)と下振れ(ダウンサイド)の結果の幅のことをリスクと言う。

良い意思決定をするためには、
・どれだけ自分にとってのリスクを減らせる情報を集められるか? 
・他の人にとっては情報が不足していてリスクが高いが、自分にとっては情報が潤沢なのでリスクが低いという状態を築けるか?
などの問いを解く必要がある。
(もちろんインサイダー取引など金融商品取引法で禁止されている違法な情報の集め方を除く。)

僕が会社を始める前に驚いたことの一つは、経営者は「起業はリスクが高いと思っていない」のだ。
それは単にそういう変な人なのではなく、起業がどういう結果をもたらすのか、に関する情報を多く持っているので、その人たちにとって本当にリスクが低いのだ。

だから、あなたが「何かについてリスクが高い」という理由で躊躇している場合は、その何かが本当に不確実なのではなく、「単に情報が不足しているだけ」という可能性がある。
(もちろんサイコロの目のように、本当にランダムに近い結果をもたらす性質を持つものもある。)

孫正義やスティーブ・ジョブズなどクレイジーに見える有名なイノベータも、必ずしもリスクテイカーではない。
(IAの会社を経営している講師陣も同様だ。)

彼らのようなタイプは、自分が受け入れられる上限のダウンサイドのリスクを把握した上で、アップサイドを積極的に増やしていくという意思決定をしているし、彼らしか得られない情報を元に(他の人にはリスクが大きく見えているが、彼ら視点ではリスクが少ない)意思決定を下している。
IAの講師であるSafie代表の佐渡島さんも「会社の経営とは、どこまでいってもリスクマネジメントだ」と明言している。

あるアップサイドを目指すために、受け入れるダウンサイドを増やすことを「覚悟」と呼ぶ。
意思決定の期限までに、情報不足の状態で決めなければいけないとき、初めて覚悟が必要になる。逆にそれまでは覚悟の問題ではない。

目標は大きくても小さくても達成難易度は変わらない。

目標は大きかろうが小さかろうが達成するむずかしさに変わりはないというのがわたしの信条だ。唯一のちがいは大きい目標のほうがはるかに大きな結果をもたらすことだ。人は一度にひとつのことしか本気で取り組めないのだから、成功のために必死になる価値がほんとうにある目標を追求しなければならない。

『ブラックストーン・ウェイ』 スティーブ・シュワルツマン著

反直感的な法則として、目標は大きくても小さくても達成する難易度は変わらない、というものがある。

これはおかしなことを言っているようだが、自分の体感とは一致する。

主観としては、どんなサイズの目標を追いかけても、結局同じくらい時間をかけてやることにはなりそうだ。
また大きな目標であれば、モチベーション高く取り組めそうだが、小さな目標だとモチベーション高く取り組むのが難しくなる。「目標達成難易度 = 必要努力量 / モチベーション量」とすればこの比は一定かもしれない。大きな目標は必要努力が多いがモチベーションも大きくなる。小さな目標は必要努力が少ないがモチベーションも小さくなる。

もしあなたがモヤモヤを抱えているとしたら、反直感的だが、それはあなたが掲げている目標が小さすぎるのかもしれない。十分なモチベーションが湧き上がるほどの目標ではないがために、達成も難しくなっているケースだ。自分の優秀な友人の多くは目標の達成が難しいから悩んでいるのではなく、目標が小さすぎてつまらないから悩んでいるように思える。

モチベーションがないことを長い期間やり続けるほどの苦難はないと思う。「人は一度にひとつのことしか本気で取り組めないのだから、成功のために必死になる価値がほんとうにある目標を追求しなければならない。」とのことだが、これは人生をポートフォリオ的にリスク分散できないことも意味している。

ミケランジェロは「最大の危機は、目標が高すぎて失敗することではなく、低すぎる目標を達成することだ。」と言った。
必死になる価値がほんとうにある目標を追求しよう。

おわりに

IAが提供してくれた機会をきっかけに、ここまでで記述してきたような原則を少しずつ理解し、僕は自分で会社をやる意思決定に至った。また会社設立後も同様の原則をベースとして日々の意思決定に向き合っている。

文章途中に、「成功は特定のコミュニティに偏在する」と書いた。
Identity Academyがそういうコミュニティになるかどうかは、ここから十数年後以内に明らかになると思われるが、その可能性は低くはないと思う。

興味がある方はぜひ門を叩いてみることをお勧めする。おそらく自分にとって最高の意思決定へと繋がるはずだ。


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