化学物質過敏症 確立した疾患のように見える外形上の事情 メディアの人向けまとめ
これまで、化学物質過敏症をニュースや企画として取り上げる際にメディアが注意したほうがよいことを書いてきたのですが、ざっくりポイントをまとめます。
(なぜ注意したほうがいいのか、については、診断されることによって患者さんが受ける影響と、エビデンスの確立していない”治療”につながりかねないこと、の2点が大きいと考えています。)
まずは押さえておくべき資料
厚労省のサイトから検索可能です。
科学的根拠に基づく シックハウス症候群に関する 相談マニュアル(改訂新版)
(※省内研修会で使われた簡易版はこちら)
タイトルに化学物質過敏症の言葉はありませんが、この中で化学物質過敏症について現状の科学的根拠に基づきどう考えるかが説明されています。(p.50~54)
こちらは研究班の作成物なので国の広報物(国の見解)とは言えませんが、厚労省に確認したところ、科学的な見地についてはこの内容を参考としており、シックハウス症候群と化学物質過敏症の違いについて説明する際などにもこの資料を案内しているそうです。
化学物質過敏症が「確立した疾患」に見える事情
▼シックハウス症候群は認められていて、化学物質過敏症も同じようなものだろう or 化学物質過敏症の1つがシックハウス症候群では?
→上記の『科学的根拠に基づくシックハウス症候群に関する 相談マニュアル』に、両者の違いが書かれています。
シックハウス症候群は揮発性の物質やカビなどが原因として特定され、環境中の濃度なども定められています。
一方で、いわゆる化学物質過敏症については、病因が特定されていないこと、”原因とされる物質”以外の物質でも同様の症状が誘発されることもあること、などが記載されています。
化学物質過敏症に関する書籍では、化学物質過敏症とシックハウス症候群が関連しているという書き方がされていることもありますし、取材先でもそのような説明を受けることもあるかもしれません。
この点についてこの資料では、「患者に生じている症状の原因について、環境中の化学物質ばく露の種類や濃度との因果関係を明らかにした論文はありません。原因となったとされる環境ばく露が全くなくなってからも症状が続くことなど、従来の中毒症やシックハウス症候群とは病像が異なります。」としています。
▼自治体という”公的機関のサイト”で、化学物質過敏症の病態や原因について書かれている(しかも膨大にある)
→病態や原因について国が認めたことはない。よく情報源として引用・添付されている”厚労省(厚生省)研究班のパンフレット”があるが、国の見解とは違う。
そして、自治体に対して国の見解と違うのはなぜか、自治体独自でエビデンスを確認したか、などを問い合わせた結果、サイトの変更を行ったり、変更を検討している自治体もある。
<関連のnote※①概要 ②自治体への問い合わせ結果>
▼化学物質過敏症の1つの原因とされる「香害」については、5省庁がポスターを出しているから、一部については認められてきているのでは?
→香りが化学物質過敏症の原因としては認めていないし、ポスターは「香りで気持ちが悪くなる人がいるのは事実なので配慮しましょう」という意図であり、化学物質過敏症と結び付けて出されたものではない。
(関連のnoteはこちら 香り(の物質)で気持ちが悪くなるのであれば、化学物質過敏症と結び付けなくてもその香りの問題として扱えるのでは、など)
▼化学物質過敏症は保険適用なので、国が確立した疾患として認めていないはずはないのでは?
→病名収載は「どのくらいの医師が化学物質過敏症という診断を出しているか」という統計上の理由が大きく、病名がついたからといって確立した疾患として認めたわけではない。
病態も原因も不明である以上、保険適用の治療法というものはない。
<関連noteはこちら>
▼化学物質過敏症の概念に疑問を呈する報道があまり見当たらない
→①上記のような外形上の理由でそもそも疑いを持ちにくいため、そういう報道にならない。
②「化学物質過敏症の概念に疑問がある」からといって、それにより直接的に困っている人の姿は見えない。ので、疑問を持ったとしても企画にする動機がない。
③一方で「化学物質過敏症で困っている」という方、治療(自費)を行う医師はたくさんいる。概念に疑問を呈することは、患者さんを傷つけてしまうのではないかと逡巡される。化学物質過敏症だと診断して自由診療を行っている医師が報道に反発しそうでもある。
化学物質過敏症の扱いに疑問を呈する取り上げ方をすることは、「困っている人が見えないし画にならないうえに苦情が来るリスクだけがある」という、メディアとしては最も扱いづらい部類に入るのではと思います。
そうして状況が放置されることで、このこと自体がまた化学物質過敏症が確立した疾患のように見える一要素となっている気がします。
▼そのほか…適宜追加したいと思います。
「化学物質過敏症は存在しない」とは言えないでしょ?に対して
いわゆる怪しい医療など、誰かが積極的に主張していることに対して疑問を投げかけようとすると、企画段階で高確率で遭遇するのがこの言葉です。
メディアとしては「ないとは言い切れない」ことが訴訟リスクにもなるため、どちらにエビデンスが集まっているかどうかよりも重視されてしまうこともあるかもしれません。
ただし、それでいうと例えば「がんに効く奇跡の水」のようなものでも、世の中に存在しないとは言い切れず、批判もされず、言ったもん勝ちになってしまいます。
化学物質過敏症についても「存在しない」というわけではありません。
最大の問題は、合意された定義がないのであとからどのようにでも定義できるというところなのですが、それでなくても、
①いま言われているような化学物質過敏症の概念が将来証明される
②ある物質Aがこれまで考えられていたよりも微量で人体に影響を及ぼす OR 微量でも人によっては未解明のメカニズムで身体的な反応を引き起こす
など、後から判明することはあるかもしれません。
ただし、どちらも現状は十分な証明がされていないのです。
「存在しないとは言えない」からどんな形で取り上げてもいいわけではなく、化学物質過敏症を取り上げるのであれば、いまの証明が不十分であることも(エクスキューズのような一言ではなくて)それなりの分量で紹介する必要があると考えています。
「化学物質過敏症」として扱ったほうがメディアは楽ができる?
そして、そもそも未確定の化学物質過敏症の概念を使わないと、諸問題は報じられないのでしょうか。
上記②については化学物質過敏症としてではなく、「物質A」の問題として扱うことが可能です。
さらに柔軟剤も添加物も農薬もダメ、という「AもBもCもダメ」という問題があれば、ABCそれぞれについてどのような(未知の)影響を引き起こす可能性があるか、またABCが相互にどう作用するか(AがダメになればBCもダメになるのかなど)も含めて検証するのは、手間がかかりますが大変有意義であると思います。
その部分がわからず証明しようもないためにとりあえず”化学物質過敏症”と一括りにして取り上げるというのは、雑な議論という印象を与えてしまう気がします。