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ポスト・ポストカリプスの配達員〈21〉

『……発言の真偽不明。回答を保留します』
「あれ、信じてない? データベースに載ってないから? 俺がここで嘘をつくメリットがないことくらい分かるだろ」
 人型の虚無は嗤う。
『人類と郵便は切っても切れない関係です』
「そうだよ。本来の歴史でもそうだった。でも遺伝子や物理法則にまで影響を与えるようなものじゃなかったのさ。それが何故こんなことになったか。トリスメギストス、君なら分かるだろ」
 顔のない顔にどこか愉しげな表情を浮かべたままマナカは言った。
『ポスト・ヒューマンですか』
「半分正解」
『……不罪通知〈アブセンシアン〉』
「そう、正解だよ! 俺たちが戦っていたメーラーデーモンの親玉達さ」
『マナカはどこでそれを知ったのですか? 貴方もミーム汚染されている?』
「いや、こんな体質だからね。覗き見し放題なんだ。郵政省も色々対策はしてたみたいだけど」
『何者なのですか、アブセンシアンとは』
「君たちはもう会ってるだろ? そのためにパトリックをぶつけたんだから」
『すみません、話が見えてこないのですが』
「察しが悪いなあ。いや、認めたくないのかな。あのダーク・ガブリエルがアブセンシアンだということを

 しばらくうずくまっていると頭痛は自然と収まった。
「あれ!?」
  ナツキが悲鳴を上げ、泣きそうな顔で全身をまさぐったあと、床に這いつくばり調度品の下を覗き込み始めた。
「どうした?」
 ついには未だ爆睡中のタグチの服の中まで調べようとしだしたのを見かねて俺は訊ねた。
「あ、ヤマトくんトライ見かけなかった!?」
「トライ……?」
 そう言えばナツキの首からぶら下がっていたインカンが存在しない。
「そういえばさっき持って行ってたぞ」
「誰が!?」
「え……いや誰だろう……誰かいたよな、さっきまで? 三人でババ抜きやってた形跡あるし」
「これはタグチくんとやってたんだよ?」
 あれ、そうだったか?
「じゃあトライはどこ行ったんだ」
「だから探してるの!」
 その時部屋の入り口をノックする音がし、続いてドアが開き乗務員の格好をした男が入ってきた。
「失礼します、お客様。お部屋の前にこちらの品物が落ちておりました」
 手には銀色をしたインカン。捺印面には三つ巴の印章。
「トライ! 良かったぁ。なんで外にいたの?」
『まあ、色々ありまして。少し外の空気を吸おうかなと』
「お前自分で動けたのか……?」
 それより呼吸してるのか?
「そろそろお食事の時間ですので、よろしければ食堂車までお越しください」
 俺達がほっとしていると乗務員は笑顔……のような表情でそう言って退室した。
「トライどうしたの? ずっと乗務員さんの方見てたけど」
 ナツキが首を傾げた。視線とか分かるのか。
『いえ。それよりもタグチさんをそろそろ起こして食堂車に行きましょう。ビュッフェ形式で中々美味しそうでしたよ』

 トライの言う通り、食事は中々の物だった。もちろんポストの中身から取り出したものである以上、軍用レーションや保存食等が主なのだが限りなく「料理」に見えるような努力が施されていた。ポスト・ポストカリプス世界にはスーパーカブ以外の畑は存在しないし、家畜も絶滅したので生鮮食材という概念は存在しない。
「うむ。酒にあう味だったな」
「まだ飲むのかよ……」
 食堂車で更に酒を買い込んだタグチを見て俺は呆れた。窓の外はもう暗い。秋のシベリアの日照時間は短い。所々光って見えるのは発光ポストだ。赤、白、緑、青。様々な色が楽しめる。ナツキはその不可思議な光景に夢中になってさっきから窓に張り付いていた。
 トライはじっと黙って、先程のマナカとの会話をどうナツキに伝えようかと思い悩んだ。

『……やはり、そうでしたか』
「ヒソカ団長とも俺は会ってるから、あの大郵嘯で何が起こったのかは大まかに知ってるよ。ローラの肉体は地球恒星化を阻止して、ローラの精神とガブリエルは君たちを逃がした」
『……』
「君たちが知ってるのはここまでだと思うけど、その先があったんだよ。ローラがポストの無限増殖を停めた方法が不味かった。ポスト・ヒューマンテクノロジーに対抗するために、彼女は禁断の力を用いた」
『――モノリス・ポスト』
「そう、あれの封印を少し――ほんの一瞬だけ解いたんだ。そこから溢れた万郵便力は世界を書き換えた」
『万郵便力――? 世界を書き換えた?』
「この宇宙に本来はない、あってはならない物が存在するとどうなるか。宇宙は、物理法則は強い。本来なら存在を禁止された物は物理法則に押し潰されて消える。だが万郵便力は別の宇宙の確固たる法則だ。法則と法則が喰らいあって、宇宙は破れ、再編された。因果律は壊れた。
 あの大郵嘯がきっかけで、全ての歴史が書き換えられたんだ。ある意味あれこそが、ビッグバンだった」
『私が確認不可能なのをいいことにデタラメを述べている可能性を排除しきれません』
「だから、騙してなんになるのさ。こうやって話してるのも俺の目的のためなんだから」
『では、私が信じたていで話を進めてください』
「慎重なやつだなあ。まあいいや。それで、俺はその改変に取り残されちゃったわけ。だからこの世界を戻して、元の世界線に帰りたいんだ」
『しかし貴方はこの世界で生まれたのでは?』
「そうだよ、小さい頃の記憶もある」
『矛盾しています』
「因果が壊れたって言っただろ。結果が原因なんだ。この改変を元に戻す方法は一つしか無い」
『むしろ一つだけで済むのですか、そこまで複雑な改変が』
「ああ、宇宙は強い。侵蝕している物を取り除けば修復力が働く」
『それはつまり、万郵便力の排除という訳ですか』
「そうだ。ダーク・ガブリエルを倒すことで、この世界は元に戻る。やっと本題に入れるな。
 君達で、ダーク・ガブリエルを倒して宇宙を救って欲しいんだ」

続く

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