絶罪殺機アンタゴニアス外典 〜押し潰されそうな空の下で〜 #7
踏みしめた足元から返ってきた反動を用い、弾勁を込め抜き放たれたアーカロトの拳銃の先端は音速の壁に触れる。その運動量を載せて撃発される銃弾は通常では不可能な速度に到達し、勁力と空力摩擦による黄金の曳光の軌跡を描きながらエレベータシャフトの闇を裂く。
内息は充実。左右同時射撃。空中で互いに螺旋状回転を始め、更なる勁力と速度を獲得し、内臓獄吏へと殺到する。
ただの銃弾ではないと先の交戦で理解していたヒュートリアは、背中の触手の一本を伸ばし壁を掴むと空中で急激な加速をして射線をやり過ごす。アーカロトは更に発砲。発砲、発砲、発砲、発砲、発砲。一秒間に左右の拳銃から12発。常人の成せる業ではない。銃機勁道による化勁とアーカロトの改造された身体が合わさって初めて可能な連続射撃だ。
対数螺旋をなぞる腕の捻りと運足による発勁が乗った銃弾は、その全てが必殺。機動牢獄すら一撃で倒す入魂の一撃程ではないが、全ての弾丸が空中で相互作用し回転数を増す――つまり通常とは逆に銃弾の飛距離が伸びるほど、運動エネルギーは等比級数的に増していくのだ。
内臓獄吏は背中の七本の触手全てを使い、狭いエレベータシャフトをまるで跳ね回る毬の様な動きで飛び回り、銃弾から逃げようとする。だが逃れようとするほどに迫りくる死の群れはその速度と威力を上げていく。
アーカロトは内息を整え、気の流れを充実させ震脚を放つ。床材のメタルセルがめくり上がり、そしてアーカロトの身体をも打ち上げた。
「おい、ジジイ!?」
エレベータシャフトの闇へ身を躍らせたアーカロトを見てゼグが驚愕の声を上げるが無視。反動を丹田で回し空中で姿勢制御すると、落下しながら下からの射撃。こちらも先の弾丸と同様の勁が乗っており、しかも尋常ならば不利となる落下エネルギーを逆に喰らい、見た目には極めて不自然な加速力を得る。
闇を飛び交う、黄金の龍の群れ。ついにその先端が内臓獄吏に触れた。罪業ファンデルワールス装甲すら貫く威力。勝負は決まったかに見えた。
だがその瞬間、闇深い縦坑の上下で百メートル近くお互いが離れていたにも関わらず――アーカロトの眼前に内臓獄吏が出現していた。
(――これは!)
まずい。背後から迫る弾丸を感じる。咄嗟に後背へと向けて発砲。整然と飛んでいた龍の群れは、乱入してきた雑な功夫を込められた弾丸にその精妙な動きを阻害され、アーカロトと内臓獄吏の側を通過し、轟音を立てて壁に幾つもの巨大な孔を穿った。
(引き寄せる(アポート)罪業場!)
ギドは罪業場が認知障害により変質したと言っていたが――内臓獄吏発現によりまた使用可能になったというのか。
(まずい、これは――)
銃の最大のアドバンテージとは勿論遠距離からの一方的な攻撃にある。暗い目の男が究め、アーカロトが継いだ銃機勁道は無論それだけの武術体系ではないが――銃を用いる以上、その軛から逃れることは出来ない。
それを一方的に無効化するアポートは極めて相性が悪いと言えた。
「きゃははははははははははは!!!!」
内臓獄吏がその爬虫人類じみた醜悪な顔を歪ませて哄笑する。同時に胸の罪業収束器官が発光し、白い罪業場が溢れ出た。
アーカロトは射撃の反動を用いた軽功により壁に着地、そのまま壁面を駆ける。瞬間、アーカロトが着地した場所を、白い罪業光が舐めるように薙ぎ払った。メタルセルユニットの壁が罪業場と同じ色に輝き出す。それは罪業が発する光ではなく、単に極端に熱せられた金属の黒体放射だ。輝きはすぐに鈍り、橙色の溶鉄となり流れ出す。
内臓獄吏の胸にある罪業収束器官は、その見た目の通り原始的で構造も単純だ。故に負荷に強く、その出力は高い。罪業変換器官はもともと罪を熱に変える機関(エンジン)である。罪業収束器官がそれを様々な事象へと変換する。だが内臓獄吏のそれは、「無変換」――内臓獄吏がその内に十数世代に亘って受け継いで来た厖大な量の罪業をただ熱として収束、放射するものだった。
「もえちゃえ!」
連射される熱線罪業場。周囲の空気までもが熱せられ、エレベータシャフト内の温度が急上昇していく。このままでは蒸し焼きだ。
「わるいこは、しね! しんでしまうです!」
どうやら罪業場の性質が戻っても、認知能力自体は変化していないようだ。ならば付け入る隙は、まだある。
「悪い子と言われても――僕が君に何をしたと言うんだい」
アーカロトは突破口を開くために敢えて会話に乗る。
だが、その効果は劇的で。アーカロトの想像を超えた反応をヒュートリアは返してきた。
まず、全ての攻撃が停止した。アーカロトはそれでも動き続ける――アポートの対象にされた時のために運動量を稼ぎ続ける。次に内臓獄吏の背中の触手の太さがそれぞれ1.5倍ほどにも怒張した。太い血管が幾本も浮き上がり、内圧に耐え切れず血液が吹き出した。
「きさまは、ぜったいにゆるさない」
内臓獄吏の口中の罪業光が深いアズールブルーへと変化した。ヒュートリアが持つもう一つの能力である物体消失罪業場――それが口から溢れ、身体中を覆っていく。その性質は「己が観測されていないと全原子に思い込ませる」ことによる波動関数の発散、結果としての消失。だがそれはあくまで結果であり――途中でその「思い込み」を停止することで別の効果を発揮する。
「こうべをたれろ――自らの大罪を贖え」
内臓獄吏の姿が半透明になる。そして、そのまま固定された。ただ触手の間や胸に光る罪業場だけはしっかりと見えている。アーカロトは二重の事実に瞠目した。
一つ――あの半透明の状態は基準界面下に潜った絶罪支援ユニットに似ている。もちろん神代の超テクノロジーの産物であるアンタゴニアスに及ぶべくもないが――その一端につま先で触れている。つまり物理的攻撃が無効化、乃至軽減される可能性が極めて高い。
二つ――大罪。大罪と言ったか、彼女は。
アーカロトの持つ大罪、それは――
「人類から、私から永遠に空を奪った罪――許せぬ。許せぬ許せぬ許せぬ許せぬ許せぬッ!!」
今までの幼女のような声ではなく、実年齢に近い老婆のような嗄れた声で、ヒュートリアはアーカロトを弾劾する。
《繰り手の精神動揺を確認/警告:敵性体の罪業エネルギーの上昇を確認/脅威度判定を上方修正/緊急非常事態/提案:罪障滅除プロトコルを停止し、唯我殲滅プロトコル起動の許可を求む》
アンタゴニアスからの通信。地下に潜るにあたって、アンタゴニアスそのものはもちろん、絶罪支援ユニットすらろくな身動きが取れなくなるので待機を命じていたのだ。
だが銃による攻撃がアポートやあの半透明の罪業場で無効化された今――。
「――分かった、アンタゴニアス。唯我殲滅プロトコルを起動して、絶罪支援ユニットを一機寄越せ。ただ僕が指定する座標に転送しろ」
《了解/こは業にあらず/こは罪にあらず/こは罰にあらず/我ら道を外れ、義に背き、己が都合にて人を殺め奉らん――》
【続く】
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