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ポスト・ポストカリプスの配達員〈31〉

 俺は思わず目を閉じ、無駄だと理解しながらも衝撃に備えた。だがいつまで経っても手足が吹き飛ぶような震盪は襲ってこず、俺はゆっくりと目を開ける。そこには、様々な数値が踊るホロディスプレイ群、そしてちょうど手の届く場所に配置されたスーパーカブそっくりの操縦桿があった。コックピットだ。
 俺はヤタガラスの中にいた。背中のジェットパックは突入直前にパージされたようでなくなっている。あれだけの加速度も重力制御の御業を持ってすれば何の問題もなかったということか。トライも前もってそう教えてくれておいても良かった物を……。
 全周囲モニターが外の様子を映し出している。弾幕を張り続ける大和とそれを全て受け止めながらバリアに執拗な攻撃を続けるヤマタノオロチ。下に視線を転じてみれば、ゴヅラがヤタガラスが展開する黄金色ポスト状不壊力場に対して熱線照射を断続的に行っていた。
「……で、どうすればいいんだこれ?」
 ナツキやトライから、一応の説明は受けていた。だがそれらは余りにも観念的だった。曰く「なんかこう……ぎゅっとすると繋がるから後はAIに任せる」。曰く『概念住所のシンクロ作業は双方の合意が大事ですので、詳しくはAI――タチバナさんにお伺い下さい。操作方法もアルティメット・カブは機体ごとに全く異なるのでわたくしから説明できることはありません』。役に立たない先輩たちだ。
 だが俺が途方に暮れている時間は短かった。突然、座席から拘束ベルトが飛び出して俺を簀巻に近いレベルで雁字搦めにしたからだ。
「うおっ!?」
 もがくが、拘束は外れない。それどころか余計強まり息苦しいレベルになってきた。
「離せ、この……!」
『いいえ、離しません』
 声が、した。
 俺は全ての動きを止める。
 懐かしき響き。聴覚デバイスに今も谺〈のこ〉るその波形。七年前を最期に、この世界から永久に消え去ったと思っていた音の連なり。
 それは〝弟〟――タチバナの声だった。
『お久しぶりです、お兄様』

「うらうらうらうるぁああッ!! 最大火力でもまだ足りんッ! 何故かッ!? 貴様らの撤去人魂が足りんのだッ! ポストから出てくる化物など本来存在してはならん!! 何故手紙を投函するモノからそのような物がまろび出てくるのか!? 考えたことはないのか! それはポストが不浄存在であるからに他ならないッ!! お主らクロネキアンは恵みを齎すポストを信仰しているようだが……その祈りの結果がこれか!? その昔! 人類は畑を耕し家畜を肥やし日々の糧を大地から得ていたのだ!! その母なる大地は今や汚らわしい赤いポストに蹂躙されておる!! 浄化が必要なのだ!! ポスト撤去の神罰など存在せぬ!! 何故なら郵政公社が滅んだ現代において我らAPOLLONが敷く絶対秩序こそが唯一無二の地上を統べる法! 即ちポスト・ポストカリプス世界におけるカノンだからである! そのAPOLLONが信奉する物、それは装甲と火力!! APOLLON軍人の操縦する機体はそれを体現する!! 砲に撤去人魂を上乗せしろ!! ビームに気合を込めろ!! バリアは貴様の筋肉装甲だ!! 切手の裏は舐めるな!! 元気があればなんでも出来る!! APOLLONペリカン勲章所持者にして撤去人〈ユウパッカー〉中佐、タグチ・リヤの指揮あらばこの戦艦大和の実質戦闘能力は三倍ものゲインがあると完全に証明されておるッ!! ファイアファイアファイアファイアーッ!! 滅ぼせ滅殺せよ殲滅しろ!! 敵は眼前にあり!! 火砲こそが貴様らの明日へ繋がる唯一の理であり装甲こそが地獄に垂らされた救いの糸であるッ!! 神など信じる前に自らの乗艦と同僚を信じろッ!! 殺せえええええっいッ!!!!」
 タグチがブリッジで暑苦しい檄を飛ばすと、その圧倒的熱量を伴う興奮がクルー達に伝播してゆく。絶望的な戦力差を見せつけられ、それでもなお獰猛に歯を剥いて笑い、次々と質量とエネルギーをヤマタノオロチと女顔の不気味な黒イナゴに対して投射していく。
「艦長殿! 何か奥の手はないのかッ!? このままではジリ貧ぞ!」
 負傷したヤスオミは難民達にブリッジで手当てを受けていた。衛生兵も足りないのだ。
「――あるには、ある」
「ならばさっさと出さんか! よいか、奥の手を取っておくのは莫迦のすることである! 瞬間最大火力に全てを賭けるのが撤去人の矜持にしてドクトリンよ!」
「ふん。何も出し惜しみしていたわけではない。エネルギーを馬鹿食いする上に、難民達も危険にさらすことになる最後の手段なんだよ、これは」
「どう考えても今現在それを用いるべき状況だと具申するッ!」
「……そうだな。退路はとっくにないのだ」
 ヤスオミは中央コンソールのエマージェンシーボタンを叩き割る。するとBEEP音と回転するランプの光と共に、「〒」型の凹みがついたシリンダーがせり上がってきた。次いで教皇冠の中央に飾られていてる『〒』型にカットされた巨大ルビーを取り外すと、シリンダーにはめ込み、捻った!
 ガコン。
 音と共に巨大な振動が大和を揺さぶる。
『警告、警告。本艦はこれより人型最終決戦モードへと移行します。艦内の重力加速度は最大20Gまで相殺可能ですが予期せぬ事故が発生する恐れがあります。お近くの手すり吊革にお掴まり下さい』
 
自動警告アナウンスがスピーカーから流れる。
「こ、これは……!?」
 驚愕するタグチに、ヤスオミはニヤリと誇らしげに笑うと、答えた。
「聞いただろう。万能戦艦大和の最終手段、人型決戦モード『凄ノ王』だ!!」
 グゴゴゴゴ……。大和は艦首を天に向け直立する体勢を取る。飛行甲板が2つに分割され、先端から巨大なマニピュレータが展開し万物を粉砕する強大な腕と拳が形成された。艦尾の常温核融合エンジンと超電導リアクタが収まっている長大なブロックはそれぞれ逞しい両脚となる。艦橋はせり上がって来た装甲に囲まれ頭部となった。胸部には効率的に常温核融合の燃料となる大気を取り込むための超巨大回転フィンが形成される。
 三連装五十四円切手は一つに束ねられ、エンジンとエネルギーラインで直結される。砲身から刃が生えてくるとそれは巨大なガンブレード、イセ・パレスの主武装と同一の名前を冠せられた『草薙剣』へと変形した!
 最後に頭部装甲の一部が展開し、艦橋と外界を繋ぐ力強き眼差しのカメラアイが現れ、65536色の神秘的な輝きを放つ!! 全高300メートル超! これこそが旧日本帝国軍が秘密裏に対カンポ騎士団鎮圧兵器として用意していた『凄ノ王』である! アルティメット・カブに用いられてる技術を盗み出し、一部流用されて建造されたそれは準ポスト・ヒューマンテクノロジーウエポンと呼ぶべき性能を備えており、まさにスーパーロボットと言うべき圧倒的パワーを秘めていた!
 脳、そして全身の神経系を激しく責め苛む凄ノ王のセンサ群からのフィードバックによって目鼻口から血を流しながら、それでもヤスオミは獰猛に吼える!
「邪龍、成敗仕るッ!」
 草薙剣が注入された電力により激しくスパークする。ヤマタノオロチは本能的に敵の能力の強大さを察知し、激しく吠え猛ると一気呵成に躍り掛った!

「――本当に、お前なのか。タチバナ、なのか」
 自分でも少し驚いたが、かなり冷静に受け答えが出来た。
『ええ、私はタチバナですよ。お待ちしておりました、お兄様』
「……随分待たせてしまったな」
 七年。タチバナがAI化されているとは知らなかったとはいえ――きちんと弔いに帰ろうとすら、しなかったのだ。
『構いません、こうして私の許へ帰ってきてくれましたから』
 タチバナの声には隠し切れない喜びに溢れていた。肉体が存在したら抱きついてきていたかもしれない――ひょっとしてこの拘束は抱きついているつもりなのか? ギリギリと締め付けられ血流が阻害され段々と手足が痺れてきたのだが。
「感動のハグはこれくらいにして、そろそろ離してくれないか? これじゃ操縦できないだろ」
『離しません』
「えっ」
『離したらお兄様がまた何処かへ行ってしまうかもしれないじゃないですか。ですので離しません』
「いや、そういう場合じゃないだろ今!」
『だって、七年前、私を置いて行ったじゃないですか』
「うっ……」
 いやだがそれは。
「タチバナが、断ったからで」
『あーあーあーあー。言い訳は聞きたくありません。無理やり私を連れて行くことだってできたはずです。キスまでしたのに』
「いや言い訳って……そしてそこでキス関係あるか……?」
 なんだか記憶と性格が違うような気がする……が、話していて分かる。このAIは間違いなくタチバナだ。なんというか根本の部分が、そうなのだ。するとタチバナはまるで俺の思考を読んだかのように言う。
『性格は変わっていますよ。当たり前でしょう。最愛の兄に見捨てられ肉体を失くして七年経っているんですから。私は決めていたんです』
「な、何を?」
『お兄様が私の許へ帰ってきた場合、甘え倒し、愛で倒し、まぐわうと』
「まぐわ――お前何言ってんの!?」
 前言撤回、本当にこいつタチバナか!? お兄様お兄様と俺の後ろをついて回って一緒に遊んだあの小さな女の子か!?
『四の五の言わずにそこで大人しくしてて下さい。大丈夫です痛みはありません』
 数時間前にもトライも似たようなセリフ言われたぞ。そしてあの時は――
「うおっ!?」
 コックピット中から光る触手がしゅるしゅると這い出てきた。タキオンファイバーだ。それらはワサワサと揺れながら俺の身体の穴とという穴――それこそ毛穴すらこじ開けて侵入してくる。確かに全く痛みはないのだがここまでされて何も感じないのが逆に恐怖を煽る。
「おい! 何してんだこれ!?」
 トライにやられた時は確かフェムトマシンを頭の中に仕込まれたが、今回は全身である。
『まぐわいです』
 意味を分かって言っているのだろうか?
『言い方を変えるなら、概念住所のシンクロ作業です』
「最初からそう言えよ!!」
 俺の叫びは虚しく室内に響いた。――室内?
 そう、気づけば俺は無機質な部屋に立っていた。知らない場所ではない。むしろ嫌というほど知っている。イセ・パレス内の研究所にあった、俺とタチバナの寝室。恐らくここは俺とタチバナの共通の記憶のうち最も馴染みの場所として選ばれたのだろう。
 そして目の前には見知らぬ、美しい女性。
 いや。知っている。
 彼女は――
「本当に――本当にお久しぶりです、お兄様」
 七年分成長したタチバナの姿だった。
「……で、これからどうするんだ?」
 俺は七年分成長している胸から視線を苦労して引き剥がして言った。その動作を知ってか知らずか、タチバナ(大人)はぐいっと前屈みになって、俺の耳元で囁いた。
「――代償を戴きます」
(端的に言うと、そのリスクとは〝何かを一つ失う〟です)
 俺はトライの言葉を思い出していた。
「何を失くすか分からない、と聞いていたが」
「他のアルティメット・カブはそうでしょう。ですがカンポ騎士団最後の配送機ヤタガラスと、それ専用に調整を受けた私たちには選ぶ権利があります。代償自体は、避けられませんが」
「そうか。リスクへの覚悟はもう済ませてある、が何を持っていかれるのか一応は教えてくれ」
 タチバナは即答しなかった。じっと上目遣いで俺を見つめていた。俺も見つめ返す。彼女の瞳の端に、銀砂のような小粒の涙が溜まっていることに気付く。
 随分長い間、そうやって俺たちは互いに黙ったまま目線を合わせていた。
 やがて、タチバナが口を開き、その〝代償〟を告げた。

「七年分の、お兄様の記憶を消し去ります」

続く

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