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ポスト・ポストカリプスの配達員〈30〉

 巨大黄金スリーター――ヤタガラスは重力制御された機体特有の静謐さで宙へと浮かぶと、阿鼻叫喚と化した戦場を睥睨するように太陽を背にして静止した。その一瞬だけ、地上から全ての音が消えた。
 百鬼夜行のバケモノ達は例外なく皆空を見上げ、そこに己が情報子〈ミーム〉に持つ欠落――郵子力の充実を感じ取り、憤怒とも歓喜ともつかない叫びを上げた。
 まず最初に動いたのはミノタウロスだ! 逆関節の四足を用いて弾道ミサイルの如き勢いで宙を駆けると体長の半分近くもある長大な超振動プラズマブレード角を振り回す。
 Riiiiing!!
 澄んだ音が一帯を圧する。朝廷軍の戦闘機の様に機体両断爆発四散するかと思われたヤタガラスの周囲に一瞬、黄金の力場が出現しミノタウロスの攻撃を弾くと、地へと叩き落とした。更にそこに追撃の極限まで絞りこまれた重力波パルスが打ち込まれる。
 ZZZZGMMMMMM!
「AAAAARRRGGGGHHHHHH! ……オトドケニウカガイマシタガ・ゴフザイデシタ!!!」
 謎めいた断末摩の叫びと共に、人間そっくりのその顔がぐりんと白眼を剥き、絶命した。
 それを合図に怪物達は一斉に動き始める。先の朝廷軍によるダメージはまるでない。メーラーデーモンを通常兵器で撃破可能なのは伯爵級までであり、それ以上の個体は基本動きを鈍らせることしか出来ない。奴らを斃すことが出来るのは重力制御を用いた兵器だけであり、即ちアルティメット・カブのみがそれを可能なのだ。
 ペニーブラックが黒い波濤となって立ち上がり、無数の飛沫を宙に散らす。それらは両手に黒い剣を携えた喪服の貴婦人と化し、一斉にヤタガラスに襲いかかった。顔面を覆う黒いベールが勢いで捲れ上がるが、そこにあるのは悪魔的に捻くれた『〒』マークのみであった。
 フェイスブックは人面皮魔道書を空中に固定すると、両手で複雑な印を結んだ。臨兵闘者皆陣烈在前! いにしえの偉大なる郵便局員、安倍晴明が駆使したとされる業務用ハンドサインが空間に軌跡を刻むと、召喚されていたレターイーター達に異変が起こる。メキメキと音を立て、その背に翼が生えてきたのだ。雲霞の如く飛び立つと、ペニーブラックの眷属であるブラックウィドウ達と空中で喰らい合い、まぐわい合い、殺し合いながら徐々に巨大な一つの個体になっていく。
 ゴヅラはエクスカリバーの一撃を受けその半身が消失していたが、見る間に肉が盛り上がり再生していく。それと同時に背びれが尻尾の先から段々と青白く不穏な発光を始めた。
 イセ・パレスが二発目のエクスカリバーを放とうとエネルギーを急速充填しているが、あちこちのパイプから蒸気が漏れ出し、ジェネレーターには電磁パルスの捻くれたアークが瞬く。本来は一発撃つ度に冷却のためのインターバルが必要だ。相当な無茶をやっている。そしてなお悪いことに――ゴヅラの方が速かった。
 背びれ全てが蒼白に染まると同時に、口が顎まで裂け、中から……巨大な郵便ポストが顔を覗かせた! 色は黒! 原初のポストだ! ポストの中の手紙が熱で発火し、青白い往復送料熱線となって迸る! 復路分の料金を上乗せされた熱線は発生した瞬間大気をプラズマ化し、地上全てが白く輝いた。
 KABOOOOOOM!!!
 熱線はイセ・パレスに命中! 巨大キノコ雲発生! 爆発炎上半倒壊!
 その爆風に煽られ、空中でついにレターイーターとブラックウィドウの呪わしき合一が完了した。そこに現出したのは、一匹の巨大な黒竜であった。七つの頭と十の角を持つそれは魔王級メーラーデーモン、黙示竜〈ヤマタノオロチ〉だ。
 長大な尾を用いてヤタガラスを打ち据える。再びヤタガラスの周囲に黄金の力場が展開されるが、ミノタウロスとは違いヤマタノオロチは小揺るぎもしなかった。カッと顎を開き、おぞましい咆哮を放つ。
 イセ・パレスを沈黙せしめたゴヅラも、ゆっくりと空のヤタガラスを仰ぐ――。

「おいおいおい。これは大丈夫なのか?」
 俺の呻きにどこまでも冷静なトライが答える。
『配達員が搭乗していないアルティメット・カブでは、二体もの魔王級メーラーデーモンを相手取ることは不可能です』
「じゃあ、つまり」
『可及的速やかにヤマト様はヤタガラスに乗りこんでいただかないと我々を待つのは破滅だけということですね』
「いや、でも――あの怪物たちに狙われてる中をか……?」
『なぁあにをビビっておるかぁ! ヤマト・タケル! 貴様も男子ならば覚悟を決めんかッ!!! ヤマト魂見せてみんかい!!!』
 ブリッジからの通信が入り、タグチのむさ苦しい顔が投影されると同時に怒鳴り散らした。
「うるせえな! ビビってるんじゃなくて可能かどうかを問うてるんだよ俺は! 近づくことすら出来ねえだろうが! あとヤマト魂ってなんだ!?」
 俺も怒鳴り返す。するとヤスオミが横から平然と言った。
「大和をヤタガラスに近づける。そこから飛び移ればいい」
「……は?」
 正気かこいつ。この艦には難民も載せているんだろうが。
「そこのAIも言っていただろう。我々を待つのは破滅だ。貴様を連れ去る時にもだいぶ無茶をしたので、他国に救援を求めることもできん――来てくれたところで事態が解決するわけでもないが」
「じゃあ、私もヤマトくんと一緒に行く!」
 ナツキの申し出はしかし、トライがにべもなく却下した。
『駄目です。これは危険だらかだとか、そういった親心的なものではなく、概念住所をシンクロさせている最中のアルティメット・カブに異物が入り込むとその力が発揮できないからです。同じ理由で、私の同行も不可能です』
「つまり俺一人の力でなんとかしろと」
『頑張ってください。応援だけはしています』
「――なんか刺々しくないかトライ?」
『気のせいでは? ヤマト様とナツキとの交際が原因などでは全くないですよ?』
 間違いなく原因はそれだった。俺は思わず頭を抱えるが、秒で決断を下す。サガワーは決断力がないとやっていけない職である。
「ヤスオミ――大和をヤタガラスに寄せてくれ」
「了解だ」
 不安そうなナツキの頭に手を乗せると、我ながら硬い声でこう言った。
「まあ、久しぶりの兄弟の再開だ。水入らずで楽しんでくる」

 五分後、俺は甲板に上がり豪風の中で格好をつけたことを激しく後悔していた。重力制御ではなく電磁力制御で宙に浮いている大和は激しく大気の影響を受け、立っているのもやっとな程甲板は揺れる。高性能なスタビライザーのお陰で船内では普通の建物の中にいるかと錯覚するほどだったが。
 今の俺の格好は、サガワーの青いコートの代わりにフライトスーツを着用しジェットパックを背負っている。嵩張るのでパラシュートは無しだ。つまり飛び移るのに失敗したら魑魅魍魎が跋扈する地上へ真っ逆さまという訳である。ああ、やる気が湧いてくるな全く。
「だがまあ、生まれて初めて恋人が出来た直後に死ぬわけにはいかんしな」
 俺の呟きにトライが反応した。
『ご存知ですか? 古来そういうセリフを死亡フラグと呼称し、不吉なものとして避けられたのです――ちなみにジェットパックの制御は私が行います。この意味が分かりますね……?』
「どういう意味だよ! マジで当たりが強くないかトライ!?」
『冗談ですよ。ナツキが悲しむことは絶対に致しません。さて、備えて下さいヤマト様』
 一抹の不安を植え付けないで欲しい。俺は甲板の端に立ち、下を覗きこむ。怪光線やら謎の力場が飛び交う戦場。
 ゴウン……。大和が電磁バリアの出力を最大にし、そこへ向けて降下を始めた。
『――3、2、1、リフトオフ』
 ジェットパックが噴射を開始し、俺は宙に飛び出した!
 さっそく俺に接近する敵影あり。合一しなかった有翼レターイーターだ! 山羊のようなその瞳は血走っており、角をぶんぶんと振り回しながらこちらに向かって突進してくる! トライは最小限の機動でそれを躱す。俺はすれ違いざまに、シグサガワーの銃弾を羽根に叩き込んだ。揚力を失って墜落していく。
 次に血に惹かれた腐肉食宅配ドローンの様に寄ってきたのはブラックウィドウ! 両腕の剣を恐ろしいスピードで振り回し、見た目と不釣り合いな少女のような愛らしい笑い声を上げながら迫ってくる様は肝が冷える。俺は高速ジェット移動の最中、射撃管制モジュールを駆使して未だ百メートルは離れているブラックウィドウを狙撃! キンッ! 命中――しなかった。恐ろしいことに剣で弾丸を切り払われたのだ。悪いことに四方八方からブラックウィドウが近寄ってきており、耳を聾するのは今や風の音よりも奴の哄笑であった。
「うおおおおおおおっ!!」
 俺は雄叫びを上げながらとにかく銃弾をばら撒く! トライの見事な回避マヌーバのお陰でこちらにブラックウィドウの刃は届かないが、三半規管がシェイクされ俺は吐瀉物を空中に撒き散らかしながら飛ぶはめになった。
「ゴボッ……トライ、少しは手加減してくれ……」
『死にたいんですか?』
 そしてヤタガラスまであと数十メートルという所で、最悪の事態が発生した。ヤマタノオロチに気づかれたのだ。バッチリと目が合った。そして見間違えでなければ――奴は、嘲笑った。空中でぬるりと回頭し、こちらの真正面に相対する。シグサガワーが幾ら強力とはいえ所詮は拳銃であり、全長100メートルに達するかという巨大な竜を相手にするのはどう考えても風車に突撃する騎士より無謀であった。
 ヤタガラスはゴヅラを黄金の力場で封じるのに全力を傾けているようで、こちらを助けるリソースはなさそうだ。つまり、俺が愚かな騎士になるしかない。
 巨体すぎてゆっくりに見えるが、かなりの速度で滑るように近づいてくるヤマタノオロチを俺は照準する。
 その時!
 KABOOM! KABOOM!! KABOOM!!!
 空中、そしてヤマタノオロチに爆炎の華が咲く! 万能戦艦大和の主砲、三連装五十四円切手による援護射撃だ! 次いで鋭い対空収入印紙も曳光弾の尾を引きながら宙を切り裂く!
「GRRRRRRRR!!!」
 ヤマタノオロチはその七つの頭を巡らせると、大和へ向けて黒い霞を吐き出した! ズームしてその粒子を観察してみると、それは女の顔を持つ黒いイナゴの群れである! 電磁バリアに取り付くとその身を焼き焦がしながらも食い破り始めた。近接火器が作動しイナゴの群れの駆逐を開始するが、数が多すぎて焼け石に水だ。そう遅くないうちに艦体に取り付かれてしまうだろう。
「難民載せてる艦で無茶しやがって……!」
『急ぎましょう。舌を噛むので喋らないで下さい』
 次の瞬間、首が持って行かれそうな程の急加速。俺は歯を食い縛ってGに耐える。みるみるうちにヤタガラスが近づいて来る――あれ、減速は?
「おい、トライ速――」
 言い終わらないうちに、俺は超高速のままヤタガラスへ激突した。

続く

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