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ケーショガール 第3話 ①/3

新人教育のススメ

「じゃあ今日から古寺さんと鈴木君には私達がついて教えるから。よろしくね」

朝礼が終わりバックヤードに行くとそう声を掛けてきたのは吉田という女性スタッフだった。

「宜しくお願いします!!」

私しか挨拶をしなかった事に違和感を覚え、お前も言えよ鈴木!と思ったが初対面の相手にいきなりツッコむのもどうかと思うのでその憤り いきどおりをグッと飲み込み、教育係の4名のスタッフにお辞儀をした。

「古寺さんは元気ね。鈴木君は…やる気ある?ないなら帰っても良いからね?」

ニコニコと穏やかな表情と口調とは裏腹に厳しい言葉を浴びせる吉田はチーフであり教育係のリーダーらしい。
その吉田の隣りに立つスタッフが口を開ける。

「私は吉ピーみたく優しくできないのでビシビシいきますよ」

そう言われても吉田の言葉が優しいとは思えなかったが、二人目に挨拶をしたのは整った顔でたんたんと怖い事を言う松下花まつしたはなだった。
花はおよそ携帯ショップには似つかわしくない長身童顔小顔と三拍子そろったモデルの様なスタイルの持ち主でこんな人も携帯ショップにはいるのかと驚く。

ちなみに花をはじめとした教育チームの人たちは吉田の事を吉ピーと呼んでいるようだ。
厳しめの口調の中に吉ピーという可愛らしい単語が混じっている事で普段のスタッフ間の関係の良さが伺える。

「っていうか鈴木君ってバイキンマンに似てな〜い?キャハハハ」

ケラケラと笑っているのは、店舗最年少にして既に2年以上の店舗キャリアを持つこの根川沙理ねがわさりである。
クリクリとした目のアイドルの様な恵まれた容姿にもかかわらず思った事を包み隠さず発言してしまう空気の読め無い性格の様だが、これまでそれが許されてきたであろう事が容易に想像がつくのはこの見た目が理由の大半なのだろう。ほんとうに同性の私からしても可愛らしい。

「もーみんな脅しすぎでしょ。仲良く働こうね。仲が良い事が1番だよぉ」

前の3人とは違い雰囲気が穏やかなこの人は清野美雪せいのみゆき
体育会系と言われているこの業界で見た目の雰囲気だけでなく話す口調や物腰全てが穏やかなちょっと珍しい女性だ。
この人が先生の回数が多ければ良いなぁと淡い期待を寄せる。

「じゃあこの4人があなた達2人の先生として教えますのでよろしくお願いたします」

携帯ショップの教育方法は店舗により様々である。
新人スタッフが1人で全ての受付が出来るようになる独り立ちひとりだちまで、1人につき1人の教育係がシフトまで合わせて付きっきりで教えるシスター制
スタッフの中から教育係として何名かが選出され、日ごとにシフトに合わせ対象の新人スタッフについて教えるチーム制。この新宿店では後者の態勢で教育を行っていた。

「じゃあ今日は初日だからまずは簡単にお店の組織体制と1日の業務の流れを説明するわね」

そう言って吉田が説明を始める。

「私たちのイツモショップ新宿店の組織体制は、まず店長がいてその下に4人の副店長がいます」

吉田はホワイトボードにスラスラと簡易的なイラストを書きながら説明した。

「副店長って4人もいるんだ」

私がそう呟くと吉田は少し得意気に続ける。

「そうなの。4人もいるのよ。これは私たち新宿店が東京エリアの中でもスタッフ数も来客も売り上げもトップの旗艦店きかんてんと呼ばれる店だからよ。普通のお店だと多くても3人。ほとんどは2人位だからね」

「旗艦店…ですか」

「そうよ。まぁ新人の時は旗艦店って事はそこまで意識しなくて良いわよ。それで、その4人の副店長の下には8人のチーフがいます」

「8人もいるんですか?」

「『も』って言うけどチーフのあたしから言わせてもらえばそれでも足りないくらいよ。まぁ良いわ、続けるわね。
チーフの下は全員一般スタッフなんだけど、うちのスタッフは店内で4つのチームに振り分けされるの。
私がいる『
教育チーム』に、店頭に並んでいるモック、あぁモックって言うのは携帯電話の見本の事ね。これの管理や受付の注意事項をまとめている『セキュリティチーム
商品の値札やポスターとかの売り場づくり、カタログの管理をしている『
販促はんそくチーム』販促って言うのは販売促進の略よ。
そして最後に店舗の花形。例えるならそうねバンドのボーカルってとこかしら、それが売り上げを上げる為に商材を売って売って売りまくるのが仕事の『
販売チーム』よ。
この4つに分けられたそれぞれのチームに副店長が1人、チーフは2人ずつ責任者として担当についているわ」

ホワイトボードにはピラミッドの様な組織図そしきずが書かれている。

「後は、うちはプラン変更や機種変更とかの通常の受付を担当する『営業課』と携帯電話の故障全般を担当する『テクノ課』に完全に分かれてるの。受付のフロアだけじゃなくスタッフの配属もね。
わかってると思うけど私たちは営業課よ。ちなみにテクノ課はチーフまでは営業課と同じ人数だけど、スタッフの人数は営業課の半分くらい。ここまでは良い?」

私は「はい」と返事をしたが横の鈴木はまたもや返事をせずに何かぶつぶつ言いながらメモを取っていた。
その姿を見た私は意図せず吉田と目が合う。
よしだは目を大きく開きながら外人のように肩をすくめた。

「分かったでしょ?副店長もチーフも多そうに聞こえたかもしれないけど、営業課とテクノ課にスタッフが分けられてるからその分、役職者も半分ってわけなの」

「じゃあ私たちの直属の副店長は2人でチーフは4人ってことですね」

「そういう事。だけど今話したチームには一般スタッフが4~5人いるのに対してチーフは1人だから大変なのよ。全然いう事聞いてくれないスタッフもいるから……ってあなた達に
愚痴グチってもしょうがないわね」

吉田はそう言いながらホワイトボードに書いた組織図を消し始めた。
吉田の話によると新宿店には店長を含めた役職者を含めておよそ40名程のスタッフが在籍しているようだ。
え、待って。ていう事は同僚全員の名前を覚えるの結構大変じゃない?
仕事を覚える以前に先輩たちの名前と顔を一致させるのに苦労しそうだと予感した私はじんわりと脂汗あぶらあせが出るのを頭皮に感じた気がした。

「じゃ、続いて1日の流れを説明するわね」

吉田はまっさらになったホワイトボードに箇条書きで1日の流れを書きつつ時々顔だけこちらに振り向きながら説明を始めた。

続く

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