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ケーショガール 第2話 ②/2

「古寺ちゃんは肩にかからないくらいのボブだから、まぁそのままで良いか。」

そういわれて周りを見ると、先ほどまで湘南のビーチにいそうな三吉や昼間よりも夜の街の方が似合いそうな池内もいつの間にか制服に身を包み、髪型も整え見違えるような姿になっていた。

しかし高橋は「こら、ふみ!ハーフアップはだめだって何回言ったらわかるのよ」と池内の髪形を注意する。

「えーでもこっちの方が可愛くないですかぁ?」
「ダメなものはダメなの‼私たちはイツモというブランドの顔なのよ?あんたの可愛い可愛くないの基準は仕事中には必要無いっていつも言ってるでしょ」
「あ、高橋さん、それってイツモショップだけにですかぁ?」
「店長みたいなつまらないオヤジギャグ言ってないで!ほら、三吉を見なさいよ‼」

高橋の言葉につられて三吉の方を見ると、先ほどまでのラフなロングヘアーがぴっしりと髪をまとめられており、まるで銀座のホステスの様な髪形になっていた。
私の目線に気が付いた三吉が得意気に説明する。


「あ、これ?あたしこの髪形じゃないと気合入らないんだよねー」
「|夜会巻き
《 やかいまき》なんて普段の勤務でやってるスタッフ三吉ぐらいしか見ませんって」

池内が口をはさんだ三吉の髪形は夜会巻き やかいまきと言い、接客応対コンテストなどキャリア主催の公の場に出る時にしかしない髪形なのだそうだ。

「まぁここまでやれとは言わないけど、せめて私みたいにポニーテールに|縛《 しば》るくらいはしなさいよね。」
「高橋さんのポニーテール可愛いですもんねぇ」
「馬鹿言ってないで早くやる‼」

高橋と池内のやり取りを見て、堅苦しく生真面目 きまじめな職場で働くスタッフは仕事の内容と同じく固い人が多いのではないかという私の予想が音を立てて崩れていった。
そしてそれは私を良い意味で安心させた。

私が入社した店舗は、と言っても配属されたという言い方の方が正しいのだが。
東京を代表する繁華街の1つである新宿に店舗を構えていた。
新宿駅から徒歩5分程の場所にある携帯ショップである。

端に携帯ショップと言っても通信会社、言い換えるとキャリアと呼ばれる携帯のブランドは現在大きく分けて3つ存在している。
ひとつはやり手の実業家が海外のキャリアを買い通りそのまま国内大手3キャリアの一角にまで上り詰めた『ハードバンク』通称ハドバン。
もうひとつは昔からある電機メーカーが母体となっている若者向けの『BI』ビーアイ。
そして私が勤める事になった『itsumo』イツモである。

イツモは元々は国営の企業であり民間企業になったとはいえ いまだに大手3キャリアの中では堅いイメージが残るキャリアである。
昭和世代のお客様は未だにその事を揶揄 やゆして殿様商売と言っていたりもする。

さらにこれは私も就職活動するまで知らなかった事なのだが携帯ショップと言うのはイツモやハドバンと言ったキャリアが運営しているものではない。
正確には直営店はほとんどなく、『代理店』と呼ばれるキャリアから運営権を得た別の企業が行っているのが実態である。

少なくともイツモには直営店は無くこの新宿店も他にもれず代理店が運営する店舗の1つで、私はその代理店である『株式会社テラプラチナム』に契約社員として入社したのだった。

面接の時に酒々井がした説明がによると、このテラプラチナムは代理店の中でも1次広域販売代理店に位置しており、8年前にブルーコミュニケーションとKCモバイリングという中堅代理店が合併して1つになった企業である。
全国に支店を持ち、その規模はイツモショップだけでも2次代理店まで含めると500店舗以上。ハドバンやBIの店舗もそれぞれ400から500店舗を構える携帯販売代理店でもトップクラスのシェアを誇っているという。

またこの1次広域代理店と言うのはキャリアから見た時にショップ運営をキャリアから任された企業が直接店舗を営業すれば1次店。
さらに孫請けの企業に運営を任し、その企業がショップを運営すればそのショップは2次店となるらしい。

広域というのは文字通り日本各地広い地域にショップを運営している事であり、反対に企業本社がある地域の狭い範囲に5~10店舗程を構えている代理店は|地場《 じば》代理店と呼ばれている。

新宿店は雑居ビルの1階と2階がイツモショップになっており、それぞれの階で営業窓口と修理窓口に分かれていた。
2階の修理窓口の奥には店長や店長代理のデスクが並ぶ事務所になっている。
また女子更衣室や給湯室と併設された休憩室などもこの階にあった。

「じゃあ古寺ちゃん朝礼やるから着替えたら修理フロアに来て」

高橋が言う修理フロアとは修理窓口のカウンターの待合スペースの事だ。
新宿店の朝礼はそこで行われ、朝礼が終わると営業担当のスタッフ達はお客様用の階段から1階へ降りていく。

「今日から入った古寺と鈴木だ。みんな優しくしてやってや。じゃあ一言頼むわ」

酒々井にそう促され挨拶をする。

「初めまして。|古寺真希美《 こでらまきびと申します。携帯業界は初めてなのでご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願い致します」

私がありきたりな挨拶をすますと

「鈴木です。よろしくお願いします」


と横に立っていた鈴木と言う愛想のない男が見た目通りの愛想の無い挨拶をした。
この鈴木と言うのが私と同期入社のスタッフらしい。
メガネをかけたその顔はよく言えば真面目、悪く言えば不愛想 ぶあいそうな顔つきで、スーツも少し寄れててスタイリッシュとお世辞にも言えない。
が、まあそれ以外に特徴の無い男であった。

無難に初めての朝礼を終え1階の営業フロアのバックヤードに降りてきた。
いよいよ今から私の携帯ショップ人生の初日が始まる。

心臓が体の中で弾かれたピンボールのようにはしゃいでいた。

続く

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